プリティ・ウーマンが教えてくれたこと。

映画で知るアメリカ文化、というものがあります。

へぇー、アメリカではこんなのが流行ってんだ、あっちじゃこれが常識なんだ、ぜんぜん知らなかった。みたいな、ちいさなカルチャーショックです。

ぼくの場合、とくに記憶に残ってるのは「プリティ・ウーマン」かなあ。あの映画のなかに、娼婦役のジュリア・ロバーツがバスルームでこっそりデンタルフロスを使うシーンがあるんですよね。そこに大金持ちのリチャード・ギアが入ってきて、コカイン吸ってると勘違いするわけです。それで「そんな女はいらない、出ていけ」って怒るんだけど、よくよく聞いてみると彼女がとっさに隠したのはデンタルフロスだった、というオチで。

あのとき男子高校生だったぼくは「へぇー、アメリカ人はあんな糸で歯のあいだを掃除するんだ」「そしてその掃除する姿は人様にあまり見られたくないものなんだ」ということを学び、自分もデンタルフロスを使うようになったのでした。なるべくこっそりと。


なーんてことを思い出したのは、いま虫歯の治療中で、仮の詰め物をしてる歯にデンタルフロスが使えないんですよ。詰め物が取れちゃうとかなんとかで。そして18歳ごろまで一度たりとも使うことがなく、むしろその存在さえ知らなかったデンタルフロスが使えないこと。これがいま、とてつもないストレスなんです。もう、はやく治して使いたい。なんならデンタルフロスを使いまくるために、この治療を終えたい。

話を大きく広げるなら、これって文明全般に言えることじゃないかなー。一度手に入れた「便利」はなかなか捨てられない。一度進んでしまった文明は後退できない。エコでスローで、ロハス的な生活へのあこがれはあるけれど、それも十分すぎるほど十分な「便利」が伴ったものじゃないと、苦しいんじゃないかしら。自然の豊かな山荘だけど、床暖房とインターネットとアマゾンは欠かせない、みたいな。

あと1〜2か月もするとクーラーをガンガンかけまくる季節になるわけだけど、いくらエコロジーなご高説をたまわっても、クーラーを捨てることはできないよなあ、ぼくの場合は。

武士は食わねど高橋ジョージ。
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古賀史健

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