ぼくのカレーライス。

売り言葉に買い言葉。勤めていた会社の社長さんと派手な衝突をし、右も左もわからないまま退職してフリーランスになった24歳のときのこと。

本格的に、お金がなかった。

当時住んでいたのは豊島区7万2000円のワンルーム。会社も辞めたことだし、もっと安い部屋に引越したかったけど、その引越費用がない。なんなら、来月の家賃すらあやうい。めしが食えないとは、こういうことなのか。生まれてはじめて「ひもじい」を実感した。

新譜CDを買うのをやめた。「群像」や「文學界」の定期購読をやめた。名画座以外で映画を観なくなった。よほど待ちきれない小説以外は、ぜんぶ文庫で買うことにした。音楽、小説、映画について、ぼくの現場感覚がぴったり98年で止まっているのは、お金がなくなったから、である。


そのころぼくは、カレーばかりを食べていた。

近所のスーパーに行って、プラスチック製のかごに特売品のカレールウを放り込む。そのまま精肉コーナーに足を運ぶと、牛肉エリアの端に置かれた白い物体を手に取る。「ご自由にお持ちください」のプレートが立てかけられた、おそらくはすきやきなどの調理に使う、牛脂だ。

家に帰り、火をかけた大鍋にサイコロ状の牛脂を投げ込む。ばちばちばちっ、と音を立て、部屋全体が牛肉の香りに包まれる。そしてジャジャーッと水と入れ、沸騰したらばカレールウを投入し、ほどなく「牛の香りがするカレー」のできあがりである。

おいしかったんだと思う。食いっぱぐれて貧乏してる自分が、おいしかった。貧乏のなかで、牛の香りがするカレーというちいさな発明をしてしまった自分が、おいしかった。そこから見える景色、上にのぼるしかないに決まってる境遇、ぜんぶがたのしく、おいしかった。誰かを恨む気持ちも、悲壮感も、ぜんぜんなかった。


そしてほんの少しだけ仕事が入り、お金が入るようになると今度は、合挽肉のカレーをつくるようになった。カレー用の角切り肉だと、肉を探しながら食べなきゃいけない。挽肉だったら、スプーンでどこをすくっても肉がいる。毎回ちゃんと、肉を味わえる。それがうれしくて、おいしくって、合挽肉のカレーばかりをつくっていた。

じつはいまでも、自分でカレーをつくるときは合挽肉を選ぶ。


牛の香りがする具なしカレーをもう一度食べたいとは思わないけど、合挽肉のカレーだったらいつでも何度でも食べたい。たぶんこっちは、ほんとにおいしかったんだろうな。

壁に耳ありジョージとメアリー。
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古賀史健

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