おもしろくないから、おもしろい

先週末、編集者と一緒に出張しました。

出張と呼べるくらいのことなので、それなりに遠いところまで行き、帰ってくるわけです。すると行き帰りの道中、もちろん仕事の話もたくさんするわけですが、そればかりじゃ飽きるし、場が持ちません。おのずと話は「最近考えていること」とか、互いに対する「こんなことしてみたら?」とか、そのへんにまで及んできます。

それで先日、彼(編集者)と話していたのは「いいライターの条件」でした。

これは謙遜でも自虐でもなんでもなく、ぼくは自分のことを「ものすごく文章が上手なライター」だとは思っていません。とくに推敲する前の、ばーっと書き殴ったような原稿については、自分でも情けなくなるくらいに稚拙な、穴だらけのものだと思っています。

それでもどうにか廃業せずにすんできたのは、たぶん「自分はおもしろくないんだ」の意識があるからでしょう。自分が自分のままに書いても、おもしろくならない。その「おもしろくない自分」を超えたとき、「書く前の自分」を超えたとき、ようやく人様にお金を払って読んでもらえるものになる。

そんな感じで「これじゃおもしろくない」と「もっとおもしろくなる」を念仏のように言い聞かせ、ネガティブにいえば自分を否定し、ポジティブにいえば自分をけしかけ、ひとつの原稿に何度も何度も立ち向かうようなしつこさが、ここまでの自分を支えてきたんだろうなあと思っています。

「自分はおもしろくない」と思って生きるのはつらいことだけど、別の角度からいえば「だから、もっとおもしろくなる」わけですからね。

「だから、もっとおもしろくなる」自分まで含めて、自分のことを好きでいてあげよう。そんなことを思った週末の出張でした。

今週もがんばっていきましょうね。

桃栗三年、カキうまいねん。
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古賀史健

コメント1件

見ていた風景が一変するような言葉でした。面白くないから、面白くなるようにする。
心の動きとして一般的なのが、面白くないからつまらないとか、それが自分の短所とか、そういうことのように思うのですが、
そうですね、言われてみれば、その視点があったなと思いました。
つまらない、できない、面白くないということは、それだけでもう可能性じゃないかと。
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