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ひとを顔で判断するなって言うけどね。

そんなことを言っちゃいけない。思うだけならまだしも、ことばにしちゃいけない。ましてや、温度の伝わりにくい文章のかたちで表明しちゃったら、誤解しか招かない。

けれども、こんな言いかただったら、伝わるんじゃないだろうか。

平均寿命的にかんがえて折り返し地点を過ぎちゃったぼくの、これからに向けたおおきな目標。

それは「いい顔」になることだ。

最近とみに、そう思う。


美男子や美青年をめざそうというわけじゃない。仮にその「美」が実現したところで、とっくに男子でも青年でもない。美中年、というジャンルは存在しないだろう。そうではなく、まわりから「いい顔してるなあ、あいつ」と思われるような顔、思われるようなひとになりたいのだ。

だからお前は莫迦なのだ、河馬なのだ、と言われそうだけど、なんだかんだでぼくは、けっこうな割合でひとを「顔」で判断している。

いわゆるところの美醜ではなく、言語化や体系化のむずかしい「なんかいい」とか「なんかあやしい」とかで、ひとを判断している。会った瞬間に「いい」と思ったひとは、大体いい。顔立ちが美しくても「やだな」のひとは、いる。

きっとそれは表情筋によってつくられた「よさ」であり、つまりはそのひとがどんなふうに人生を生きてきたか、どんなふうに世界を見てきたか、によってつくられていくものなのだろう。


いい顔のひとでありたいなあ。ほんとは「いい声」のひとでもありたいんだけど、鼻炎持ちのぼくはそっちはあきらめちゃったんで。うん、とりあえずいい顔のひとでありたいし、そうなりたいです。

毒を食らわばサラダで。
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古賀史健

ライター。バトンズ代表。著書・共著「嫌われる勇気」「古賀史健がまとめた糸井重里のこと。」「20歳の自分に受けさせたい文章講義」など。週日更新しています。http://www.batons.jp

コメント2件

ああ、これすごくよくわかります!
というか、わたしはある程度大人になってから
人を「顔」で判断するようになりました。
ただ、その造作ではなくて、ちょっとした瞬間の "表情" ですけれど 。

やっぱり、内面が滲み出てしまうものだと思います。
もちろん「今の自分はどうかな」と常に自戒を込めて。
それぞれ人は良い所を内面に秘めていると思うので、むずかしいかもしれませんが、短所よりもその人の長所を見つけていってあげられるような人間になれたらいいなと最近僕も思い始めました。(*^_^*)
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