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鍵がつくった物語

詩人であり、アガサ・クリスティの翻訳家としても知られる田村隆一さんによると、日本で本格的な推理小説が成立するようになったのは東京オリンピック以降なのだそうだ。

それまで、日本の家屋では鍵なんてかかっていなかった。ゆえに、鍵を使った密室殺人のトリックが成立せず、殺人や窃盗の事件は「捕物帖」にならざるをえなかった。そんな話を読んだ記憶がある。

考えてみるとたしかに、仲居さんが自由に出入りする温泉旅館なんかには、いまでもその名残がある。旅館やホテルの部屋に貴重品ボックスとして置かれた金庫も、海外では使うものの、日本でちゃんと使った記憶はない。あるいは、やたらセキュリティが厳しくなって、社員証や入館証がないと出入りできないオフィスビルなんかでも、いったい誰からなにを守っているのか、じつのところはよくわかっていない日本人は多いんじゃないかという気がする。


と、そんなこととは別に、よく「明治の人たちにとって漱石や鴎外は流行作家だった。明治の庶民はそれだけ教養深かった」という話を耳にする。それはそうなんだろうけど、もしも明治時代の家屋、また当時の庶民の意識に「鍵」が存在していたら。漱石や鴎外も、よろこんで密室殺人のミステリーを描いていたのかもしれない。

むかしのひとは偉かった、と言いたがるひとたちって、たいていは先人のすばらしさを称賛したいんじゃなくって、目の前のひとの愚かしさを糾弾したいだけなんですよね。