本気でくやしがるために。

こういうメンタルが、もうダメなんだろうか。

サッカーW杯・ロシア大会。決勝トーナメント1回戦、対ベルギーの試合が終了した。後半のあたま、続けざまに2点を先制しながら、その後3失点を喫し敗れてしまった。得点経過だけ見れば、十分に勝てたはずの試合だ。あの日のポーランド戦で監督・選手がくり返した「結果がすべて」の原則に照らし合わせるなら、くやしくてたまらない結果だ。けれどもぼくはいま、本気でくやしがることができない。ピッチ上で泣き崩れる選手たちを見て、泣きはらした眼でインタビューにこたえる選手たちを見て、空を見つめながらことばを絞り出す西野監督を見て、一緒に泣くことはできる。なのにほんとうの「くやしい」が出てこない。その心性がもう、世界との差なんだろうと自分を噛みしめる。かろうじてそこにだけ、ぼんやりとしたくやしさを噛みしめることができる。この敗戦を本気でくやしがるには、まだまだたくさんの経験が必要だと、応援することしかできないファンのひとりとして、強く思う。


今大会最大のおどろきは「日本サッカーのかたち」が見えたことだった。

この発見があったからこそ、ぼくはくやしさよりも先によろこびを感じてしまっている。それはもう、何十年と日本サッカーを縛り続けてきた重苦しい鉄の鎖から、バァーンと解き放たれるような快感だった。


これまでの日本サッカーは、「世界の壁」にはじき返されるたび、その理由をフィジカルの弱さに求めてきた。身長が低いこと、足が短いこと、球際の当たり(デュエル)に負けてしまうこと、瞬発のスプリントで負けてしまうこと。フィジカルコンタクトの少ないJリーグでは巧みな足技を発揮するものの、世界の舞台ではそれがかなわない。選手に自由を与え、結果W杯本番の舞台で惨敗を喫してしまったジーコも、ザッケローニも、敗戦の弁はつねに「フィジカルの弱さ」だった。そしてJリーグの試合を観戦するやすぐにデュエルの重要性を唱え、ショートカウンターを徹底させようとしたハリルホジッチもまた、世界との差を「フィジカルの弱さ」に見出していた。これはW杯常連国となる遥か以前、アジアの虎と恐れられていた韓国に負けっぱなしだった70年代や80年代からずっと続いてきた議論だ。

結果、日本サッカー界は10年に一度くらいの頻度で現れるフィジカル・モンスターの登場を待ち焦がれるようになる。外国人に当たり負けしない筋肉オバケみたいな選手で、中田英寿や本田圭佑がその代表格といえる。日韓大会からドイツ大会までは常に中田英寿がチームの中心にいたし、南アフリカ大会とブラジル大会の中心選手は間違いなく本田圭佑だった。そこに預けておけば、とりあえず数秒のあいだ「世界」の圧を食い止めてくれる。そんな期待と信頼が彼らにはあった。

ところが今大会、本田圭佑のコンディションは明らかに悪かった。この1〜2年でいえばベストパフォーマンスといえる状態に仕上げてきたし、そこについてはさすが本田だと敬服するほかないのだけど、もはや彼の身体はボロボロである。本人が頑なに口を閉ざす甲状腺系の病はもちろんのこと、それでなくとも彼はCSKAモスクワ時代に痛めた膝の、かなり大掛かりな手術をおこなっている(右膝の半月板がほぼない状態)。そのため少しのコンタクトでバランスを崩すシーンが増え、それをごまかすために転んでファールを誘い、結果として試合のテンポを狂わせる悪循環におちいっていた。

さて。フィジカル・モンスターのいない日本は、どうやってW杯の舞台を闘うのか。ことごとくフィジカルで負け続け、目も当てられないような惨敗を喫するのではないか。


蓋を開けてみておどろいたのは、「フィジカル・モンスターはいらない」という現実だった。たとえば今大会の日本を牽引していた柴崎、乾、香川、といった攻撃陣はお世辞にも「フィジカルが強そう」とはいえない。前線で見事なポストプレーを見せていた大迫だって、筋肉オバケではない。乾とのコンビで左サイドをひっかき回していた長友なんて、(失礼なことばを使うなら)ぼくよりもチビだ。おれ、相当にチビだぞ、世界よ。

それではなぜ、彼らは世界と渡り合えたのか。

日本サッカーの特徴としてよく指摘されるアジリティ(敏捷性)なのか。

もちろん大前提としてそれはあるだろうけど、ぼくがいちばん惚れぼれしたのは、彼らの「自信」だった。おそらく彼らは「取られるはずがない」という前提で攻撃を組み立て、「取られても、かならず取り返せる」という前提でリスクある攻撃を仕掛けていた。その自信をつくったのは、やはり大勢の選手がヨーロッパに移籍し、ことばも文化もサッカーも違う国で24時間真剣勝負を闘ってきた経験の、総量だと思う。


先日、なるほどなあ、という記事を読んだ。もうリンク切れになっているので正確な引用ができないのだけど、たしか朝鮮日報・日本語版の記事だ。今大会の韓国代表、先発メンバーには3人しか「欧州組」がいない。記事はそう指摘していた(チーム全体では5人)。対して、日本代表の先発メンバーは10人が「欧州組」だ。別にこれは、韓国に優秀な選手が少なく、日本に優秀な選手が多い、という単純な話ではない。記事によると韓国Kリーグのクラブチームは、欧州から所属選手の獲得オファーがあった際、けっこうな金額の移籍金(平均2億円)を要求するのだという。そして金銭的なもつれから、移籍が破談になるケースが多々あるのだという。一方、日本のJリーグでそのような話はほとんど耳にしない。香川真司がセレッソ大阪からドルトムントに移籍した際の移籍金は4000万円だし、乾貴士のボーフムへの移籍金は3500万円。柴崎岳のテネリフェ(スペイン2部)への移籍金に至っては、鹿島との契約終了後のタイミングを計ったこともあり、0円である。Jのクラブは選手の海外移籍を、ビジネス抜きで考えている。そこでの経験が将来の「日本」に還元されると信じているから。


フィジカルが弱いとか、アジリティが強いとか、数値化できる話のほうがわかりやすいとは思うんだけど、やっぱりいちばん足りていなかったのは欧州での経験であり、そこから生まれる自信だったんだなあ。


今回の敗因は、香川や乾、原口、そして大迫といった自信と敏捷性を併せ持つメンバーにふさわしい交代選手がいなかったこと。前半がおわったとき、ベンチメンバーの一覧をみて、本田と岡崎以外なにも手の打ちようがないことにあらためてくらくらしちゃいましたからね。ただ、10年に一度のフィジカル・モンスターを待つのと違って、香川や乾を育成していくことは可能だと思うんです。彼らが見せてくれた、あたらしい日本サッカーのかたち、ここからぜひ育てていってほしいと思います。

その意味でも、こんなに「次」につながったW杯はなかったと思うし、本気でくやしがるのは8年後でいいんじゃないか、って気がしているんです。

椅子の上にも3円。
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古賀史健

ライター。バトンズ代表。著書「嫌われる勇気」「古賀史健がまとめた糸井重里のこと。」「20歳の自分に受けさせたい文章講義」など。週日更新しています。http://www.batons.jp

古賀史健(2018)

古賀史健の note、2018年分です。
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コメント1件

>Jのクラブは選手の海外移籍を、ビジネス抜きで考えている。そこでの経験が将来の「日本」に還元されると信じているから。

これって、会社に置いても大事だなって思いました。
例えば、ZOZOスーツのような最新ツールを無料で配布していることなどは、将来的にZOZOブランドを買ってくれることを見ているのだと思います。
ビジネス抜きで考えたことが、結果としてビジネスに繋がっているということもあるよな〜と思いながら読ませていただきました。ありがとうございます。
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