ボキャブラリーということばの意味。

ボキャブラリーが貧困だ、っていうじゃないですか。

ぼくが思うにそれは、「ことばのデータベース」が容量不足だって意味ではないんです。どんなにたくさんのことば(単語)を知っていても、それだけで豊かというわけじゃない。そりゃ、たくさん知ってるに越したことはないですけどね。

たいせつなのは、どこまでが「自分のことば」で、どこからが「受け売りのことば」なのかを、きちんと自覚すること。そして、その「自分のことば」の乏しさに気づくことが、ボキャブラリーのはじまりだと思うんです。

これは「考え」についても同じことが言えるはずで、どこまでが「自分の考え」で、どこからが「受け売りの考え」なのか、しっかり自覚することはかなりむずかしい気がしています。でも「自分の考え」を増やしていくことが「考えること」のはじまりですよね。

そして優れた書き手はその峻別ができているし、だからこそことばに丁寧になり、ことばに謙虚になる。ボキャブラリーってのは、知識(学んだ量)ではなく、考えた量に比例するものだと、ぼくは思っています。


もし、「この人、いいこと言ってるんだけど、なんか響かないんだよなあ」と思う人がいたとしたら、それは「考えられたことば」ではなく、「情報として処理された(受け売りの)ことば」なのかもしれません。


……という話をじっくり書きたかったのですが、今日はなんだか朝からバタバタが続いていて、要点だけメモ書きのようにまとめました。


あ、今日ひさしぶりにカッキーに会ったんだけど、たのしかったなあ。

彼とはまた、なにかの機会になにかの企画をなにかのかたちで進めると思います。

毒を食らわばサラダで。
200

古賀史健

古賀史健(2018)

古賀史健の note、2018年分です。
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