朝になんとなく見たニュース。

横浜銀蠅が、還暦記念ライブを敢行したのだそうだ。

出かけの準備をしていた今朝、そんなニュースを見た。還暦ということで、全60曲を演奏する6時間におよぶライブだったらしい。着替えたり、メールをチェックしたり、犬に朝ごはんをあげたりしながら見たニュースなので、細かいところはわからないけれど、ふたつの点でおどろいた。

まずはお客さんを6時間も満足させる、60もの楽曲を彼らが持っている、というその事実におどろいた。ウィキペディアで調べてみたところ、彼らのデビューは1980年。そこから解散する1983年までのあいだに『ぶっちぎり』『ぶっちぎりⅡ』『仏恥義理蹉䵷怒(ぶっちぎり・さあど)』『ぶっちぎりとっぷ』『ぶっちぎりⅤ』という5枚のオリジナルアルバムを発表しているのだそうだ。たぶん、その5枚にプラスアルファで60曲となるのだろう。

ビートルズの『プリーズ・プリーズ・ミー』から『レット・イット・ビー』までのあいだは、わずか7年だったというのはよく語られる話だ。

いま、ぼくは仕事のペースを抑え、むかしみたいに年間15冊とか20冊とかの狂ったスケジュールは組まないようにしているのだけど、人生のある時期には壊れた水道管みたいにばんばん量産することもやっぱり必要だよなあ、と思う。というのもやはり、「食うため」だけであんな無茶をできるはずはなく、「好きだから」や「やらずにはいられないから」の衝動で、じゃんじゃん書いていたはずなのだ。身体を壊したりもしたけれど、そして若い人たちに薦めることはできないけれど、あの無茶苦茶な数年間(ひょっとしたら十年間くらい)を過ごした自分の選択は正しかったと思っている。



もうひとつ思ったのは「ツッパリ」という言葉だ。

もはや完全に死語となったツッパリという言葉。ぼくが中高生のころには、ヤンキーという言葉に取って代わられたし、いまはヤンキーも死語だろう。チーマーというのもヤンキーを補完する言葉ではなく、そもそもそれだって死語だ。いま、ああいう人たちのことをなんと呼ぶのだろうか。

いや、リーゼントにサングラスで煙草を愛好しながらバイクに乗るような人たちはもう消えたのだけど、ああいう「大人たちの価値観に『NO』を突きつけ、退屈な優等生を笑い、刹那的で享楽的な、そしてちょっとだけ滑稽なオレたちの『青さ』を全肯定する、じつは懐古的で、封建的でさえある同質集団」は。


いわゆるサロンビジネスの主催者たち、その何割かは、むかしでいう暴走族の総長みたいな存在なのかもしれない。


インターネット上で話題になっている「最先端の動き」は、インターネットというフィルターを取り外して考えると、その本質がよくわかる気がするのだ。

馬の耳に壇蜜。
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古賀史健

ライター。バトンズ代表。著書「嫌われる勇気」「古賀史健がまとめた糸井重里のこと。」「20歳の自分に受けさせたい文章講義」など。週日更新しています。http://www.batons.jp

古賀史健(2018)

古賀史健の note、2018年分です。
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