工事と納期とヘッドフォン
「締切を延ばしてもらえませんか?」
プロ失格だとのお叱りを受けるかもしれないけれど、このお願いをせねばならない場面が、ときどきやってきます。まあ、たぶんいちばんのプロ失格は、その「延ばしてもらえませんか」の一報すら、入れないことでしょう。さすがにそれはこちらから入れます。
それで、当然このとき「理由」を伝えなきゃいけないわけです。これこれこういう理由で原稿が遅れており、たいへん申し訳ないのですが締切を延ばしてもらえませんか、と。
ここでぼくが守っているルールは「ぜったいに嘘をつかないこと」。原稿が遅れるというのは、ただでさえ信用を損なう行為ですからね。そこに嘘を重ねて不信感を増幅させていては、誰も得をしません。正々堂々と、ほんとうの理由を伝える。悩んでるなら悩んでる、書きあぐねているなら書きあぐねている、そのへんもきちんと伝える。
というわけで、10年ほど前だったでしょうか。とある事情により、原稿が遅々として進まず、ぼくは仲良しの編集さんに電話しました。「締切を延ばしてもらえませんか?」と。
編集さん
「へっ? いつ上がるんすか」
ぼく
「えーっと、週末までには!」
編集さん
「ほんとですかぁ?」
ぼく
「いや、あのね。うちの隣でマンション工事がはじまって、それが朝から晩までめちゃくちゃうるさくってさ。もうぜんぜん仕事になんないの。でも、昨日BOSEのノイズキャンセリングヘッドフォンってやつ注文したから。消えるらしいんだよ、音。だからたぶん今日中には届くと思うんで、もう大丈夫。音が消えればこっちのもんだから」
編集さん
「古賀さん……」
ぼく
「なに?」
編集さん
「ぼくも仕事柄、いっろんな言い訳聞いてきたけど、こんなめちゃくちゃな言い訳する人、はじめてですよ。どうせするなら、もうちょっとマシな言い訳考えてください」
ぼく
「い、いや、言い訳じゃなくって……」
編集さん
「まあ、おもしろいからいいけど」
はい。あれですね。ドストエフスキーの「真実を真実らしく見せるには、少しばかりの嘘を交ぜなければならない」ですね。ほんとだったんだけどなあ。
じつはいまも、会社近くの工事音がうるさいです。