電気シェーバーの学び。

去年の話をすると、鬼が泣くのだろうか。

昨年末、多忙のストレスを発散させたかったのだろう、あたらしい電気シェーバーを購入した。パナソニックのラムダッシュ、その最新型である。5枚刃を備えるのはもちろん、なんと3D(前後左右上下)アクションを超えた、5Dアクションを実現するのだという。5次元、すなわちフィフス・ディメンション。バーズの3rdアルバム以来のなつかしくも近未来的な響きに胸を躍らせながら、よろこび勇んで購入した。

やってきた商品はたしかに、抜群の剃り味を誇るものだった。ここで解説・称賛しはじめたらキリがないものの、たぶんよほどの事情がないかぎり、ぼくはもうT字カミソリを使うことはないだろう。この電気シェーバーで、すべてを済ませるだろう。おおいに満足しながらぼくは、ラムダッシュの公式サイトを訪ねた。小市民であるぼくは(少し値の張る)あたらしい商品を買ったあと、公式サイトを訪ね、該当商品を誇らしげに称える解説文を読み込んで「ああ、今回もおれはいい買いものをしたなあ」と悦に入る時間が好きなのである。


ところが、だ。

ラムダッシュの公式サイトに書かれた文言が、こちらの予想をはるかに下回る謙虚さ、あるいは「弱さ」なのである。

こちらとしては「究極の深剃り」とか「極限の進化を遂げた5Dアクション」とか、なんかそんな感じの扇情的な文言を予想して覗きに行ったのに、「肌にやさしく、深剃りできる5枚刃ラムダッシュ」。いくらなんでも弱すぎるだろう。もっとおれのこころを煽っておくれよ。

幾分がっかりした数秒後、なるほどたしかにそういうことかと得心した。


ここに掲載されている(つまりぼくが購入した)ラムダッシュは、2017年モデルである。そしてシリーズ商品の常として、2018年のある段階になれば、また最新モデルが発売される。2017年モデルに改善・改良をほどこした、「もっと剃れる2018年モデル」が発売される。

そんなタイムスケジュールに乗っかった、翌年には追い越されることが確定している商品に、「究極」だの「極限」だのといったことばを使うのは、さすがにふさわしくないだろう。それをやってしまったらボジョレー・ヌーヴォーと同じで、なにがなんだかわからなくなってしまう。ほんとうのイノベーションがあったときにも、それを訴えることばを失って(使い果たして)しまう。


ああ、なんだかぼくも、「究極」や「極限」に通じるような、その場かぎりの無責任なことばを、後先考えず使い捨ててきたような気がするなあ。そして、いまのインターネットまわり、それから出版まわりには、そんなことばがあふれすぎている気がするなあ。

反省しながら髭を剃った。とってもよく剃れた。数年前のモデルより、ずっと剃れた。少なくとも。そこまでは言えると思った。

桃栗三年、カキうまいねん。
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古賀史健

古賀史健(2018)

古賀史健の note、2018年分です。
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