ライターという肩書き

はじめてまじめに確定申告しようとしたとき、はたと困ったのを覚えている。「わたしの職業は○○である」みたいなことを書く欄があったのだ。

当然、ぼくの職業はライターである。ライターと書けばよろしかろう、と思うひとは多いだろう。しかし、たとえばデザイナーの方であれば、そこには「デザイン業」などと書くのではないだろうか。映画監督であれば「監督業」などと書くのではないだろうか。そもそもライターの「ター」は、動詞の write に er(この場合は r )をつけて名詞化した接尾詞で、いわば営業マンの「マン」みたいなものだ。職業欄に「営業マン」と書くような言語感覚はライターとしていかがなものか。

そうすると、まず浮かぶのが「著述業」、あるいは「作家業」である。これもなかなか悩ましい文言で、じゃあお前は著述家なのか。ましてや作家なのか。ぼくの場合、著述家の肩書きでまず思い浮かぶのが「朝まで生テレビ」に出演されていた当時の西部邁さんだったりするので、あれはちょっと違うなあと思う。別に西部さんが嫌いとかではなく、なんとなく「わたくし、著述をやってる者です」という日本語が、感覚としてしっくりこないのだ。さらに作家となれば、もう小説家とイコールみたいに思っていることもあり、とても名乗ることはできない。じゃあ「ライター業」なのか。「営業マン業」みたいにヘンテコな日本語を使ってしまうのか。

なんてことを考えながらたどりついた行政上の肩書きが「文筆業」だった。まあ、そうだよね。そうなるよね。二度ほど「分泌業」と誤変換されたけど。たしかにいろんなものを分泌してるけど。そしてやっぱり、名刺には「文筆家」ではなく「ライター」と書くけど。

こういうどうでもいい悩みを前にして、いっそのこと肩書きを取ってしまえばいいじゃねえか。というご意見もときどき耳にする。名刺の中央にドーンと己の名前を書き、以上。わたしは肩書きなどに縛られない。わたしを気安くカテゴライズしてくれるな。わたしは古賀史健であり、有象無象のライターとは違うのだ。

言わんとすることはわかるけど、やっぱりこれは不親切である。たとえば、パブロ・ピカソの名刺に「画家」とあったり、モーツァルトの名刺に「作曲家」とあったり、ジョン・レノンの名刺に「歌手(元ビートルズ)」とあったりしたらさすがにヘンだし名前だけの名刺にしてほしいけど、それは自らが「ジャンル」となった一部の巨人たちにのみ許される自己紹介で、そうではない、ぼくのような人間が「古賀史健」のみの名刺をつくって配るのは、ただの不親切だろう。さらにいえば、それは暗に「わたしをもっと知ってください。ほんとうのわたしを知る努力をしてください」とのねじれた承認を強要する自己顕示でもあり、受けとったほうからすると「知らねえよ」のひと言だろう。

とはいえ、ぼくはほんとうに「ライター」なのか。ライターを名乗ることで、さまざまなデメリットを被っていないか。あまり好きではないライターという肩書きとの距離感を、いまだ測りかねている。

とりあえずは「こんなライターもいるんだね」と思ってもらえればいいなあ、で生きているんですけどね。

椅子の上にも3円。
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古賀史健

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