バトンがつながれる日に。

ぼくの会社は、名前をバトンズという。

どの会社でもきっとそうだろう、この社名にたどり着くまでには、紆余曲折があった。最初に考えたのは「ライターであるおれは、この仕事を通じてなにを提供したいのだろう?」という問いだった。浮かんだことばは、「読書体験」だった。自分は知識や教養を提供したいのではないし、そもそも一介のライターである自分は、鼻を膨らませて語るほどの知識や教養を持ち合わせていない。提供したいもの、そして提供できるものがあるとすれば、それは読書体験だ。没入を伴うような、体験としての読書だ。

そこから「エクスペリエンス」の語をもじった社名を、いろいろと考えた。Book の Experience だから「bXperience」なんてのはどうだろう、それはさすがに長ったらしいから短く「Boox」はどうだろう、みたいな、いかにもありがちな失敗例を含む社名案を、たくさん考えた。

もじもじうろうろ考えているうちに、はたと気がついた。


「これってぜんぶ『屋号』じゃん」と。


おれの個人事務所で、おれひとりの法人だったらそれでもいい。いやさすがに「ブクスペリエンス」はありえないにしても、「ライターであるおれは、なにを提供したいのだろう?」から出発してもいい。でも、いまおれがつくろうとしているのは個人事務所ではない会社だ。ほかの誰かがその名刺や健康保険証を持ち歩き、公的書類の勤務先欄にその名を書き込む会社の、その名前を考えているのだ。「おれ」ひとりがスタート地点であってはいけないのだ。

そんなふうに悔い改め、ライターという職業を、その機能を考え詰めていった。浮かんだことばが「バトン」だった。誰かのたいせつな思いを自らの手に受け止め、それを最終走者である読者に手渡す。リレー走でいう第二・第三走者。あるいは受け渡されるバトンそのもの。それこそがライターという職業ではないか。ぼくはそう考えた。

そしてまた、ぼくはこの会社で「あたらしい世代のライター」を育成したいという強い願望も持っていた。技術はもちろん心構え、ものを見るとき聞くときの姿勢、いろんなものを次の世代に手渡していきたいと思った。これもまた「バトン」だ。


結果、ぼくは「読者に手渡すバトン」と「あたらしい世代のライターに手渡すバトン」というふたつの意味を込めて、複数形の「バトンズ」という社名を選んだ。いい社名になったと、いまでも思っている。


連日の紹介になって申し訳ないけれど、幡野広志さんの新刊『ぼくたちが選べなかったことを、選びなおすために。』が本日発売となった。この本は、幡野さんがなんのあてもないまま、「自費出版してでも出そう」とこころに決め、大勢の方々に取材をはじめたところからすべてがスタートしている。

走り出した幡野さんからバトンを引き継ぎ、懸命に走り、また幡野さんへとバトンを渡し、たくさんの方々の手を通じてようやく、書店に並ぶ。きっとこれから、最終走者である読者の方々がどんどん遠くへ、バトンを渡してくれる本だと、ぼくは思っている。

幡野さん、小池さん、糸井さん、永田さん、ブックデザインの水野学さん、編集の木村さん、そしてご協力くださったたくさんのみなさん、ほんとうにありがとうございました。バトンはきっと、つながれます。

鬼にカネボウ。
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古賀史健

古賀史健(2018)

古賀史健の note、2018年分です。
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