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コーヒーを聴きながら。

傘大爆発、と聞いてあなたはどんな映像を思い浮かべるだろうか。

たぶんきょうの朝まで、ぼくにもうまくイメージできなかった姿だと思う。雨だなあ、犬のさんぽは行けないなあ、犬用のレインコートを買ってあげなきゃなあ、などと思いながら通勤の駅に到着し、やや古いビニール傘を閉じようとした瞬間、ばん!とそれは爆発した。いや、火薬が破裂したわけじゃないので爆発とは違うのだけど、見事に弾け飛んだ。傘の先端、中央で骨を結んでいたワイヤーが弾け、自由を得た骨たちがバラバラの方向に身をよじって傘であることを全身で拒絶した。もうすぐ44年目に突入しようかという人生の中でもはじめてのことで、うまく説明できないし「そういうこともあるのだ」という事実だけ知っていただければぼくとしては十分だ。

「そういうこともある」で言えば、このところ原稿がうまいこと進まない。

細々とした、けれどもそれぞれに大切な「やるべきこと」が積み重なり、思考が千々に乱れ、おおきな絵を描くのに苦労している。たくさんの方々にご迷惑をかけ、自分でももどかしく、どうしたものかと思案に暮れている。

「休みが必要だ」と歌ったのは奥田民生さんだった。

むかしはぼくもそう思うことが多かったし、正直いまでも思わないでもない。1か月とか2か月とかの長期休暇をとって、英気を養って、それで万全の俺として仕事に復帰する。バリバリに仕事をこなし、ガンガンに本塁打をキメまくる。

けれどもぼくらは充電式バッテリーで動く二足歩行ロボットなどではなく、毎日ごはんを食べて、お風呂に入って、ぐうすかと寝て、犬と散歩したり、ひとり放屁したりして生きる人間なのだ。わかりやすく仕事を休む充電よりも、それら日々の生活を整えていくことによって、いつかゆっくり自分でも気づかぬうちに復調していくものなのだ。たぶん、この梅雨空のように。


調子が悪い。

忘れそうになるけどそれは、「いいときもある」が前提のことばなんだよね。