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犬の話から遠く離れて。

キーボードに手をのせたまま、じっと固まっている。

やるべき仕事のひとつに片をつけ、さあ note を書いて原稿の続きをやろうと編集画面を立ち上げたところで、手が止まっている。犬の話を書こうかなと思ったものの、きのうも犬について書いた。銀行振込の手続き中に気がついた「あと一週間で平成がおわる!」の話も、いろんなところで大勢の人が語っていそうだ。ああ、だったらなんの話にしようと思い、とりあえず指を動かしはじめている。


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本をつくることは、世界を変えることだ。

ある編集者がむかし、そんなことを言っていた。なにを大袈裟な、という周囲の薄笑いをよそに彼は、その理由について熱く語った。たとえばきょう、一冊の本が発売される。それまでの世界に存在しなかったものが、存在することになる。世界の歴史が「〇〇以前、〇〇以後」に分けられる。なにかをつくるということは、とくに本をつくるということは——もののたとえとしてではなく厳然たる事実として——世界を変え、あたらしい世界をつくることなのだ。

そう語っていた編集者の名前を、柿内芳文という。


もちろん、彼の理屈をねじ曲げて言えば、大小の用を足すことでさえ世界を変えることであり、歴史は「きょうの大便以前、きょうの大便以後」に二分される。けれども、そういうつまらない揚げ足取りの材料に使うにはあまりにもったいなく、魅力的な視点だと感心したのを憶えている。

きょうは終日、再校のゲラ(出力紙)を確認していた。いま、この段階ではまだ、世界は変わっていない。書き入れた朱字が反映され、それが印刷にまわされ、製本され、カバーと帯が巻かれ、書店に流通してようやく、世界が変わる。つまり「これ以前」の世のなかが「これ以後」に変わる。ことばあそびの成分はたくさん含んでいるけれど、事実としてそうなのだ。


「これ」が書店にたくさん並んだ世界、はやく行きたいなー。