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ぼくが大好きな、あの台詞。

最近また『カラマーゾフの兄弟』を読んでいる。

何度読んだかわからない、と言うと何十回も読んだように聞こえてしまうのであまり言いたくないのだけど、それでも米川正夫さん訳を1回、亀山郁夫さん訳を2回、そして原卓也さん訳をたぶん5回くらいで、いま読んでいるのは原卓也さん訳のキンドル版だ。電子化されるにあたって改訂されたようで、たとえば文庫版では「魚汁」の字に(ウハー)というルビを振っていたロシア料理は、わかりやすく「魚スープ」という表記になっていたりする。ああ、おれはあの魚汁という字面が、そしてウハーという音の響きが、たまらなく嫌で、たまらなく好きだったんだよなあ、なんてことを思い出す。

初対面のひとと会ったとき、「好きな小説はなんですか?」と聞かれて、真顔で「カラマーゾフの兄弟です」と答えるのは、なかなかむずかしい。

たいていの場合ひとは、時候の挨拶くらいの感覚で「好きな小説」を聞いているのだ。その質問は「好きな色はなんですか?」や「好きなおでんの具はなんですか?」と、ほとんど変わりがないのだ。たまたま話の流れや気分によって「好きな小説」を聞いているだけなのだ。そこへカラマーゾフという鋼の剛速球を投げ返すのは、話の腰を折るどころか、相手の手首さえへし折りかねない野暮さであり、悪い意味でのくそまじめである。


ちなみに「好きな映画」の場合、ぼくはいつもナンバー2から話をするようにしている。ぼくにとっての好きな映画・第2位はずっと変わらず『サボテン・ブラザーズ』で、これはほんとうに好きであると同時に、非常に気軽で使い勝手のいい自己紹介なのだ。そしてある程度打ち解けていったあと、このひとは信頼できるなと思えたところで、ほんとうのベストワンをお話しする。

ああ、そういう意味じゃ『サボテン・ブラザーズ』を愛するように好きな作家はカート・ヴォネガットなのかなあ。ヴォネガットから入って、ほんとのほんとのほんとはね、というところでドストエフスキーの名前を出すのかなあ。


いずれにせよカラマーゾフ、何度読んでもおもしろいです。就寝前のぐだぐだタイムに読んでいるのですが、いままさに大審問官のくだりに差しかかっています。スメルジャコフがいやらしくギターを弾いてみせたあと、大通りに面した酒場「都」の半個室でアリョーシャとイワンが対面して。ウハーと紅茶とさくらんぼのジャムを注文して。


あと、ドストエフスキーの台詞に関していうと、『未成年』に出てくる「きみは足の指みたいにばかだ!」がぶっちぎりのナンバーワンで大好きです。