こんな毎日を、こんなふうに。

だいたいそれは、金曜日の晩にやってくる。

ぼくは毎週月曜日から金曜日まで、ウィークデーにここの note を更新している。土曜日と日曜日、それから祝日は更新しないことにしている。もしもこのルールを設けていなかったら、ぼくにとって note はものすごく気の重い、大嫌いな場所になっていただろう。そして——現在、週日更新をはじめてから5年目になるのだけど——ここまで長く続かなかっただろう。実際、金曜日ぶんの note を書き終えると、毎回「ああ、これでちょっと休める」と安堵する自分がいる。

けれどもときどき「あしたは休みの予定だけど、これは書きたいな。書いておこうかな」と思うことがある。それはだいたい金曜日の晩で、書こうか書くまいかぐずぐず迷っているうちに週末が終わり、うやむやのまま月曜日を迎える。土曜の夜や日曜日に「書きたいな」と思うことは、ほぼない。

思うにそれは、金曜日の夜はまだ、あたまが仕事を続けているからなのだろう。そして土曜日や日曜日を経過するうちに「書きたいな」が消えていくのは、こころも身体も仕事から離れてしまうからなのだろう。

だって週末は、犬とあそぶ時間なのだ。

いま2歳8か月のうちの犬、ばかな親として言わせてもらうと、ほんとうに日々かわいさを増していってるんですよね。仔犬のころの、満開の桜みたいな問答無用さとは別の、一緒に暮らす人間だけがわかるしみじみとしたかわいさが、毎日のように育っていってるんです。

お互いに生きているもの同士だから、やがてお別れのときがくることは決まっていて、そんな日のことを考えないでもないけれど、ねえ。お別れの日がつらいのは、それだけすばらしい出会いがあったからで、出会いからの毎日を積み重ねていったからで、ぼくはいま大事なことを犬に学んでいるんだなあって思います。

こんな毎日が永遠に続けばいいのに。って思えるようなきょうを、きょうも過ごしたいですよね。


毒を食らわばサラダで。
202

古賀史健

古賀史健(2018)

古賀史健の note、2018年分です。
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