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すべての額縁を叩き割ろう

人とおしゃべりしていて、どうにもおもしろくならないとき。なんでこの人との会話は盛り上がらないんだろうと思うとき。あるいはもっと強く、不毛だと感じてしまうとき。

それってたぶん、相手の「答え」が決まっているときじゃないかと思います。

わかりやすく、「自分の考え」を一枚の絵にたとえてみましょう。たぶん話してておもしろい人って、絵を最後まで描き上げてないというか、まだ額縁に入れてなくって、キャンバスがイーゼルにのったままなんですよね。これからもぜんぜん塗り足すよ、なんなら木の一本くらい描き加えたっていいんだよ、と絵筆片手に話してる。もちろんほんとうに描き足すことはめったにないんだろうけど、その「姿勢」は残ってる。

おれもそうだよ、と思う人は多いでしょう。

でもねえ、この「自分の考え」という名の絵って、自分でも気づかないうちに額縁に入っちゃってるものなんですよ。そうとう意識的に「まだ描くぞ」「まだ塗り終わってないぞ」と自分に言い聞かせるか、いっそ端っこあたりに余白を設けてるかしないと。

ぼくは20代の終わりくらいに「答えを決めない」って決めたんですけど、これがまあ、ほんとにむずかしい。たぶんぼくのこころの奥の部屋にも、何枚か額縁に入っちゃった絵は飾られてると思います。

そしてまた、ぜんぜん未熟なのに、あるいは聞きかじりでしかないのに、答えを額縁に入れちゃった人、それ以上ものごとを考えようとしない人のことを、きっと「若年寄」というのでしょう。

若さって、年齢の問題ではなく、元気の問題でもなく、自分を変えられるか否か、の問題なんだと思います。