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掌編「ロックンロール・イズ・デッド」

※ たぶん、23歳か24歳くらいのころに書いた掌編です。当時、これくらいの長さのフィクションをいろいろ書いてたんだけど、恥ずかしくなってほとんど捨てちゃったんですよねえ。もったいないなあ。ドタバタしているもので、きょうの note はこれで。


男たちは西からやってきた。

あまりに長く座り続けたせいで、尻の骨が熱くしびれていた。
運転席でハンドルを握るアフロが、ルームミラーを覗き込んでつぶやいた。「新しいテープ出して」
せわしない息継ぎを続けていたマイケル・ジャクソンのテープが止まる。「次、なに?」
助手席の鼻輪が、振り向きざまに訊ねる。
「まぁ、入れて。聴きゃわかるから」
後部座席のバカでかいトランクケースからテープを取り出したブロンドは、鼻輪に手渡した。

カーステレオから流れてきた陰鬱な叫びは、U2だった。
ぐったりとした熱を帯びる赤い中古車には、湿ったコンクリートのような、きめの細かい砂の匂いが染みわたってきた。
「これ知らねぇ」
鼻輪がヴォリュームをあげる。
「U2だよ。知らねぇのか」
「あー、これが」
鼻輪は窓を開けて煙草に火をつける。
それを合図に、再び誰もが黙り込んだ。


男たちは二日前に西を旅立った。
リーゼントの黒人にはじまったカーステレオ。
ビートルズが笑い、ローリング・ストーンズが呪い、ボブ・ディランが説く。
クリームとドアーズの混沌を、ジミ・ヘンドリックスのブッ壊れたギター・ソロが引き裂く。
アフロは叫んだ。
「ヘッドライトに灯をともせ!」
レッド・ツェッペリンの熱狂、キング・クリムゾンの狂気、オールマン・ブラザーズ・バンドの十字路。
昇る朝日は真正面だ。
男たちは目を眩ませながら、太陽を睨みつけた。
変幻自在のステップを踏むデビッド・ボウイを、セックス・ピストルズが突き落とす。
ブルース・スプリングスティーンは労働者の安酒をあおり、
ミネアポリスの地下室では、眠らぬプリンスがインモラルな性交を続ける。
そして二日目の夜、マイケル・ジャクソンがしゃっくりのような息継ぎをはじめた。

俺たちは走りすぎた。
誰もがくたびれはてていた。
テープ回しがルーチン・ワークとなっていた。


   ***


三度目の朝日を迎えるころ、おぼろげな意識の中でアフロが振り返った。
「次」
ブロンドは答える。
「もう終わったよ」
中古車に、くすぶったエンジン音だけが充満する。
「終わった?」
「ぜんぶね」
「なんだよ、それ」
すると鼻輪は、足元に散らばったテープのガラクタを、窓の外へ放り投げた。
「馬鹿! なにやってんだよ」
アフロが毒づく。
「あ? もういらねぇだろ、あれ」
後部座席のブロンドが、ケンタッキーのプラスチック・フォークで8ビートを叩きはじめた。アルミ缶を打ち鳴らすプラスチックの偏平なビートは、中古エンジンの果てしないグルーヴによく馴染む。
存分に温まったコカ・コーラを振り混ぜた鼻輪は、勢いよく栓を抜いた。
ベタベタの茶色い泡が車内に飛び散る。
「てめぇ馬鹿野郎」
アクセルを最後まで踏みきったアフロが、山盛りの灰皿をぶちまけた。
「ぶわっ。ぺっ。汚ねぇ、てめぇそりゃ反則だろ」
「うるせぇ馬鹿、しっかりつかまってろ!」

「し、死ぬぅ!」
「死んじまえ!!」
「いやマジ」
「ぐわ」
「待てって」
「黙れ」
「行けぇ!!」
「ロックンローーーール!!!!」
窓を全開に叫び笑う男たちは、大きすぎる急カーヴを描いて南へと進路をとった。

(了)