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人間がんばれっ!

九州勢、という言葉がある。甲子園の季節に、九州地方で語られる言葉だ。

甲子園の季節。県大会がはじまったときの九州人は、まずは母校を応援する。けれどもほとんどの人にとっての母校とは、県大会で敗退するものだ。当たり前の話である。そこで甲子園本番では、県の代表校を応援する。これもまあ、普通のことだろう。

ところが甲子園で県の代表校が敗退すると、今度は勝ち残っている「九州勢」を応援する。福岡の人間が鹿児島実業を応援したり、長崎の人間が沖縄水産を応援したりするわけだ。しかも、かなり真剣に。

そして九州勢が全滅したところで、九州人にとっての夏は終わり、甲子園は終了する。当然、ここでの「九州勢」には沖縄も含まれているし、九州本土の人間が感じる沖縄への絆は、本州の人たちのそれよりもずっと強い。

さて、ここで少し考える。

たとえば神奈川の横浜高校が甲子園で優勝したとしよう。そして、日本代表として世界大会に出場したとしよう。そうするとやはり、ぼくは横浜高校を応援するだろう。たとえ地縁はなくとも、いわば「日本勢」なのだ。関東だの九州だのと言ってる場合じゃない。母校からはじまり、県代表へ、九州勢へと拡大していった「おらがチーム」の範囲は、ここまで膨らんでいく。

とかなんとか考えていったとき、当然のように出てくるのが「地球勢」という発想だ。もっと大きな視野をもってみろよ。日本だアメリカだ中国だと争ってる場合じゃない。みんな地球に暮らす「地球勢」じゃないか。ジョン・レノンも歌ってたぜ、Imagine all the people, Sharing all the world〜♪ってさ。

こう聞くと、ほんとにそうだよなあ、の話なんだけど、なかなか「わたし」を「地球人」と規定しながら生きるのはむずかしい。なぜか。その大きな理由のひとつには「宇宙人の不在」があるのだろう。

九州勢にも、日本勢にも、よくも悪くも「敵」がいたのだ。敵さえつくってしまえば、人は簡単に徒党を組むことができる。境界線を引いて、「こっち」と「あっち」に色分けできる。

ところが「地球勢」には線を引くべき場所がなく、一丸となって打倒すべき敵もいない。こわいこわい宇宙人さえいてくれれば、ひょっとしたらジョン・レノンの理想も夢ではなくなるのかもしれない。

……と、ここで思い出されるのが将棋の「電王戦」だ。

ぼくは将棋にぜんぜん詳しくないけれど、あの「人間 VS. コンピュータ」の真剣勝負は、かなり「地球人 VS. 宇宙人」の構図に近いものがある。たとえ電王戦に出場するのがアメリカ人であろうとインド人であろうと、ぼくらは「人間」を応援するだろう。

この、「人間がんばれっ!」の言葉が出てしまう、おもしろさと恐ろしさ。

たぶん今後、人工知能が飛躍的に進歩していくにつれて、骨身にしみて感じるようになるんだろうな。

……なんか、九州勢について書こうと思ったら、とりとめもない話になりました。きょうは福岡県代表の九国大付属が出るんですよ。