『全裸監督』を観た。

Netflix『全裸監督』を観た。

山田孝之が、世界の中心(Netflix)で、村西とおるを演じる。おもしろくなかったら嘘だろ、という組み合わせだ。

観ているあいだ、ずっと胸がヒリヒリしていた。有り体にいうならそれは、タブーが侵される快感だ。別にポルノ産業を題材としているからではない。ベッドシーンが出てくるからではない。交わされることばのひとつひとつ、画面の端に写り込む美術、これでもかと吸われる煙草、そして俳優さんたちの演技。いろんなところで「うわっ! 大丈夫なの!?」と無意識のブレーキを踏もうとする自分がいて、踏もうとしたブレーキの正体を考え、あたまがぐらぐらする。

地上波と比べて「できること」がたくさんあるのは当然のことだ。公共の電波を使っているわけでもなく、スポンサーもなく、予算は潤沢にある。制作の前提がまったく違っているわけだから、これをもって「だから地上波は」などと論ずるのは的外れだとぼくは思う。

でもなあ。

当てずっぽうな話をすると、この制作現場は「ベッドシーンをどこまで描くか」みたいなところの議論よりも、「自分たちはどこまでを(無意識下で)タブーだと思っているのか」を探すことに相当な時間を使ったんじゃないだろうか。お客さんであるぼくにもその意識は、確実にあるのだから。

わかりやすいタブーをわかりやすく破るのは簡単だけれど、見えないタブーを見つけ出し、そっと踏み越えていく作業は、かなりむずかしいはずだ。

もう一度観て、もう一度考えます。

馬の耳に壇蜜。
202

古賀史健

ライター。バトンズ代表。著書「嫌われる勇気」「古賀史健がまとめた糸井重里のこと。」「20歳の自分に受けさせたい文章講義」など。週日更新しています。http://www.batons.jp

古賀史健(2018)

古賀史健の note、2018年分です。
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