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カモミールティーとわたし。

ふーみん、と聞いてあなたは誰を思い出すだろうか。

往年のグラビアアイドル、細川ふみえさんを思い出すだろうか。あるいは『東京ラブストーリー』や『あすなろ白書』で有名な漫画家、柴門ふみさんを思い出すだろうか。ひょっとして東京在住の方ならば、南青山にある中華料理店を思い出すのかもしれない。ちなみに先ごろ引退された将棋の名人は、ひふみんである。

史健(ふみたけ)という名前を持つぼくは、これまでの人生で幾度か「ふーみん」と呼ばれたことがある。かわいい女の子から親愛の情を込めたニックネームとしてそう呼ばれたのではなく、放屁の音量を競い合ってよろこぶような男子校の野郎どもから、からかいことばのひとつとして、そう呼ばれたことがある。

そんな「元ふーみん」であるぼくは30代の一時期、不眠に悩まされていた。

枕を変えてみたり、睡眠導入剤を買ってみたり、その他もろもろの民間療法を試してみたりした。そしてあるとき、人から「不眠にはカモミールティーがいいよ」と聞かされた。「カモミールってツェッペリンの、あの妙ちきりんな曲? え? あれはカシミール?」などと小粋なロックンロール・ジョークを飛ばす余裕もないくらいに追いつめられていたぼくは、すぐさまカモミールティーを購入した。

おいしさを求めて飲むお茶ではないのだろう。やすらぎを求めて飲む、薬のようなものなのだろう。けれどもハーブティー全般に不慣れだったぼくは、せっかく仕入れたカモミールティーをひとくち飲んで、思わずつぶやいた。


「なんだか疲れたおっさんの汗を飲んでるみたいな味だな」


お好きな方には申し訳ないが、われながらなんと的確な表現だ、と感心した。そしてことばの呪術力とはおそろしいもので、以来ずっとカモミールティーを飲めずにいる。きっとあのとき「そよ風」とか「春の日差し」とか「草原」とか、そんなことばを駆使して味や香りを表現していれば、カモミールティーのことを好きになれたのだと思う。

ボキャブラリーが貧困だと、眠れぬ夜におっさんの汗を飲むはめになるのだ。