そのがっかりに乾杯しよう

いやー、ここまでドキドキしないものなのか。

男子校の高校に入学し、もうすぐ2年生になろうとする2月の中旬。ぼくは、かなりの衝撃をもってその日を迎えました。季節外れの話ですみません、バレンタインデーの思い出です。

共学だった中学校の3年間、バレンタインデーといえば前日からドキドキワクワクが止まらない、それはそれは甘酸っぱい、青春の一大イベントでした。朝のホームルームがはじまるまでの時間、長い長い昼休み、そして放課後の自転車置き場。大好きなあの子にチョコをもらえた、もらえなかった、と一喜一憂していたものです。

ところが、高校1年の2月14日になっても、まったくドキドキしない自分がいるんですね。理由は明白でした。もう完全に「可能性がゼロ」だからです。学校に女の子がいるわけでもなく、部活ばっかりやって近所の女子校と交流があるわけでもなく、通学するバスのなかで恋が芽生えるなんてことを信じられるほどロマンチストでもなく。その当日、ぼくはひとつもドキドキすることなく過ごし、誰にもチョコをもらえなかったという事実にも、まったく失望することがありませんでした。

逆にいうとこれ、「ドキドキとは、そして失望とは、そこに可能性があるからこそ体験できる、可能性の欠片である」ともいえるわけです。

この事実を知ることができただけで、男子校に行った甲斐があったなあ、といまでも強く思っています。いいものですよ、男子校。

だからね。自分にがっかりしたり、失望したり、苦しい思いをしている人。

ぼくは、そのがっかりって「ごほうび」だと思う。がっかりできる環境にいる自分、わずかながらでも可能性のある自分、もしかしたら挽回できるかもしれない自分を、ちゃんと受け止めてあげよう。

だって、たとえばの話。ぼく、ダルビッシュさんの球を三振しても、ひとつもがっかりしないもん。「ひゃー、怖ぇー!」で終わりですよ。もしもダルビッシュさんの剛速球を三振して、心底がっかりできるとしたら、それだけですごいことだと思います。

自分が情けなくなったときは、その「情けねえなあ、おれ」と思ってる自分に乾杯しましょう。

くやしさは、可能性の欠片。大きければ大きいほど、いい。

鬼にカネボウ。
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古賀史健

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