おれを見ないで、あれを見よう。

最近ようやく、行きつけの店ができた。

美容院である。会社の近くに行きつけの美容院ができ、毎回指名でお願いする美容師さんができたのである。ちなみにそのひとは、ゆたかなひげをたくわえた、30代とおぼしき男性である。

中学生のころまで坊主頭だったぼくは、ずっと自宅のバリカンで頭を刈っていた。それで高校生になってからずっと、つまりは約30年間、どこかのお店で髪を切ってきたわけだ。「あそこのお店にはけっこう通ってたよなあ」と美容師さんごと憶えているお店もあれば、「あそこに住んでたとき、どこで切ってたんだっけ?」な時代もある。短髪男の宿命として、2か月に一度は散髪していたはずなのに、思い出せるのはせいぜい5店舗ほどだ。


ダウンタウンの松本人志さんが突如丸坊主になったとき。そして自分でバリカンで刈っているのだと明かしたとき。なぜだかぼくは「かっこいいなあ」と思った。いまでも少し、そこにあこがれる気持ちはある。おそらくそれは「のこのこと美容院なんぞに出かけて、いっちょまえにヘアカタログなんか見て、『なりたいおれ』のモデル写真を指さして、けっきょくいつものおれになってしまう、不細工なおれ」への羞恥や嫌悪が、自宅バリカンへの憧憬を掻き立てているのだろう。

同じ理由から、ぼくは洋服の試着室がほんとうに苦手である。カーテンの向こうから店員さんの「いかがですかー?」なんて声が聞こえてきたら、たのむから見ないでくれ、と痛切に思う。「えー、お似合いじゃないですかあ。すてきー」などとほめられた日には、いくらでも払うから帰らせてくれ、おれを自由にしてくれ、と財布を取り出してしまう。


……という話を書いたのは、ほかでもない。

けっきょくぼくは「おれ」を見てほしくないのだ。美容院であれ、試着室であれ、あるいはバーみたいなお店であれ、たのむから「おれ」を見ないでくれ、なのだ。もしかしたら仕事や友人関係だって、それに近いところがあるのかもしれない。

前回美容院に行ったときは美容師さんと、最初から最後までサッカーW杯の話ばかりをしていた。「おれ」に視線や話題が向けられることはいっさいなく、ただただ同じ方向を見て「あれ」の話をしていた。そして昨日美容院に行ったときには、またW杯の話をし、あとは黙って本を読んでいた。


おれの話はいいから、あれの話をしよう。

おれを見なくていいから、一緒にあれを見よう。

どうやらぼくの過剰なる自意識は、そっちに向いているらしい。

武士は食わねど高橋ジョージ。
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古賀史健

ライター。バトンズ代表。著書「嫌われる勇気」「古賀史健がまとめた糸井重里のこと。」「20歳の自分に受けさせたい文章講義」など。週日更新しています。http://www.batons.jp

古賀史健(2018)

古賀史健の note、2018年分です。
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コメント1件

行きつけの美容室(美容師含め)を見つけるのはほんと難しいですよね。恋人選びにも似て。
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