「なんでもいい」からの脱却

このところ、お仕事の合間を縫って、引越を画策しています。

いま住んでるところに、おおきな不満があるわけではない。静かで、日当たりもよく、ベランダからの眺めもすこーんと抜けてて、町も好き。若干古い建物ではあるけれど、そんなピカピカのところに住みたいわけでもなく、いろんなことがちょうどいい。

ただひとつ難点なのが、ペット不可のマンションであるところ。そう、そろそろ犬を飼いたいなあ、と思っているんですよ。犬を飼ったら生活リズムも変わりそうだし、たくさんお散歩しそうだし。なんといっても、いまの自分だったら犬を不幸にすることなく、10数年その子の一生を見届けられるだろうな、という自信も出てきたので。

そんなわけで「犬が飼えるところ」を条件に探しはじめた引越先、おもしろいことに全然決まらないんですよね。

10年とか20年とか前の自分だったら、「犬さえ飼えればなんでもいい」と突っ走ってたと思うのですが、「いやいや、『なんでもいい』わけねえだろ」と自分を諫める自分がいて、思いのほかゆっくりじっくり検討しているところです。

思えば衣食住のうち、「衣」と「食」についても、若いころは「あったかければなんでもいい」とか、「腹にたまればなんでもいい」で生きてたような気がします。

人生のいろんな「なんでもいい」に対して「そんなわけねえだろ」とツッコミを入れる自分。

それが大人になる、ということなのかなあ。

馬の耳に壇蜜。
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古賀史健

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