わたしを救ったオリンピアンのことば。

オリンピアンということばがある。

オリンピック出場経験を持つアスリートを指すことばだ。オリンピックということばはもう完全に日本語だけれども、オリンピアンにはどこか崇高な、いかにもギリシャっぽい、オリンポスの神々を思わせる響きがある。

そのテレビ視聴者数においてしばしば比較されるサッカーのワールドカップにはたぶん、オリンピアンに該当することばはない。英国生まれのスポーツなので英語ベースで「ワールドカッパー」みたいな言い方をしても、それはあまりうれしくないだろう。あるいは「ワールドカピアン」としても、なんだかまぬけだ。

きょう書きたかったのは、オリンピアンのことばである。

競技終了後、メディアの前に現れた彼ら・彼女らは、そのときどきの心境を自分のことばで語る。勝ったうれしさ、負けたくやしさ、戦ってきた重圧、支えてくれた誰かへの感謝。自らを落ちつけるように、さまざまな思いを語り出す。

なかには名言・迷言として語り継がれることばも多く、たとえば岩崎恭子さんの「いままで生きてきたなかで、いちばんしあわせ」や、北島康介さんの「ちょー気持ちいい」に「なんも言えねえ」。あるいは石井慧さんの「オリンピックのプレッシャーなんて、斉藤先生のプレッシャーに比べたら、屁のつっぱりにもなりません」。

って、若干おもしろ寄りに流れてしまったけれど、やっぱりオリンピアンのことばは記憶に残るし、どう考えても「ほんとう」なので、胸に響くのだと思う。


それで本題。

日本人をいちばん勇気づけてきた名言ってなんだろうなあ、と思うと、ぼくは断トツでアトランタ五輪女子マラソンの、有森裕子さんのことばだと思うのだ。

つまり、「はじめて、自分で自分をほめたいと思います」だと。


あのことばが流行語となってから20年以上。いったいどれだけの日本人が、苦しいときに「自分で自分をほめる」という発想とことばに助けられたことだろう。あるんだよ、誰からもほめてもらえない時期は。いいんだよ、自分で自分をほめてあげても。


もうだいたい想像はついてると思いますが、去年から続いてきた崖っぷちをリフティングしながら怒りくるったベン・ジョンソンから逃げる、みたいなスケジュールが、ようやく先ほど小休止できそうな洞穴に入ることができていま、自分で自分をほめたくなっているのです。

よくがんばったよ、おれ。よくやりきったよ、おまえ。

鬼にカネボウ。
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古賀史健

古賀史健(2018)

古賀史健の note、2018年分です。
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