こんなもの、でいいのです。

ぼくはこれまで、睡眠に関する本を何冊か書いている。

どの本にも共通するメッセージは「ちゃんと睡眠とらなきゃダメだよ」。それを徹夜しながら書いている、という本末転倒な状況のなか、たしか4〜5冊は書いてきた。

もう少し具体的な内容を思い出してみると、地球に暮らす生きものたちの睡眠をつかさどっているのは、サーカディアンリズムと呼ばれる生体的リズムなのだそうだ。よくいう「体内時計」というやつである。睡眠に欠かせないメラトニンというホルモンは、朝日を浴びることによって夜に分泌される。だからあなたも朝日を浴びましょう。体内時計をリセットして、人間らしい睡眠習慣を手に入れましょう。だいたいそんな話だった。

うむ。太陽系に生きるわれわれは、人間ごときの手ではどうしようもないくらいにおおきな「リズム」に支配されているのだなあ。


なんて話を入口に書きたかった本題は、最近 note を書くのがあんまりつらくない、という話だ。面倒くさいなあ、もうやめちゃおうかなあ、の時期が過ぎていま「こんなものでよければ、いくらでも書くよ」という時期に入ってる。たぶん、バイオリズム的ななにかが上向いているのだろう。

ただし問題は、はたして「こんなもの」でよいのか、である。

もうちょっとこう、教訓を含んだものだったり、有用な知識を提供するものだったり、なるほどうまいなあ、と思ってもらえるだけの技巧を凝らしたものであったり、そういうなにかが必要じゃないのか。いくら毎日のことだとはいえ、あんまりにもだらだらつらつら書きすぎていないか。


でもね、こうやって毎日書いているからこそ、たまーに自分でも「へえー!」と思えるような気づきを含んだことばに行きついたりするんですよね。なんといえばいいのかそれはもう、まさに「リズム」に近いもので。

呼吸と一緒で、どこかで止まるものだとは思うけど、止まる日のことを心配しすぎてもしょうがない。このままつらつら続けていきます。

鬼にカネボウ。
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古賀史健

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