本音で語り合うことのむずかしさ

「ちょっとめんどうな話になるだろうな」「ちゃんとうまく伝えられるかな」と思いながら、書いてみたいと思います。この余計な前口上、逃げを打っていると言われればそうなのかもしれませんが、ほんとにそう思っているのだから仕方ありません。

「本音で語らうこと」についてです。


こんなぼくにだって友だちはいます。信頼できる仕事仲間もいます。へべれけに酒を飲み、千鳥足で天を仰ぎ、「よーし、もう一軒いこーっ!」なんて騒ぎ呆けるバカ友もいます。

けれどもたまに思うんです。「ぼくは、ぼくらは、本音で語り合っているのだろうか?」と。

たとえば、本音で語り合っているはずのミーティング。この席でぼくらは、ほんとのほんとに本音をさらけ出しているのだろうか。どこか虚勢を張っていたり、耳に気持ちいい常識的な「正解」のボールを打ち返したり、その打ち返す速度に満足感を得ていたり、聞きかじりの単語で現役感を演出したり、なんというか、そんな「本音とかけ離れたこと」ばかりに時間を使っていないだろうか、と。

そしてたぶん、「本音で話せない人」というのは、目の前の相手に気を遣った結果、そうなっているのではありません。もっともっと根っこのところを掘り起こしていけば「じぶんの本音がわからない」から、本音で話せないのです。


たとえば相手の本音を引き出そうと、あえて下ネタを振る人がいます。下ネタを語ることで「わたしは素っ裸ですよ」をアピールしようとする人がいます。けれどもそれは、ほんとのほんとに助平な人にとっての「本音」であって、ふつうの性癖しか持たない人間にとっては「本音のフリした虚言」に近いはず。


わたしの本音はどこにあるのだろう。
ほんとのほんとは、どう思ってるのだろう。

それを知るのは、とってもむずかしいことです。だって、その入口には「バカなやつだと思われたくない」という確実な本音があるわけですから。


それでもやっぱり、じぶんの本音を知ろうとすること。

これをあきらめちゃいけないと思うんです。

壁に耳ありジョージとメアリー。
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古賀史健

ライター。バトンズ代表。著書「嫌われる勇気」「古賀史健がまとめた糸井重里のこと。」「20歳の自分に受けさせたい文章講義」など。週日更新しています。http://www.batons.jp

I watch, I hear, I learn_TEXT

「素敵だなぁ、触発されるなぁ」と思った文章。自分だけ楽しむのはもったいないコンテンツ、テキスト版。

コメント2件

古賀さん 初めまして。とても誠実な古賀さんのお考えにいつも共感し、影響を受けております。日々親近感を感じてきたこちらの一方的な安心感で今回コメントを書かせて頂きました。相手の本音を引き出す場作りをすれば自ずと本音が言えるもの。鏡ですね。一線で活躍する古賀さんが本音で話す事を諦めない誠実な気持ち、変わらずにいて下さいね♪
本音を知るって怖いことでもありますよね。ずっと封印して、抑えてた人はいっぱいいる。そうしなきゃ生きていけない、って思い込んでるから。
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