アクセルとブレーキの関係を思う。

タクシーに乗るとたまに、ものすごく荒い運転手に遭遇する。

気が荒く、ことばが荒いのはもちろんのこと、なによりまずは運転が荒い。前後左右の車に毒づきながら、ハンドルを叩くようにクラクションを鳴らしつつ、不用意な加速減速をくり返す。閉鎖された車内にはネガティブな感情が充満し、頼むからお前の勝手な不機嫌をまき散らさないでくれ、この場を怒りで染めないでくれ、と心底思う。

そういうタクシーに乗っていてつくづく考えるのは、アクセルとブレーキの関係である。

まったくスピード狂ではないグリーン・ドライバーなぼくだけれど、それでもがらがらの高速道路などで強くアクセルを踏み込む瞬間には、なんとも言えない快感が全身を駆けめぐる。ドラッグ的な、あるいはドーピング的な、よからぬ薬を静脈注射するような快感が、たしかにそこには存在する。

他方、ブレーキとは徹頭徹尾ストレスである。車間距離を保ったまま徐々に減速していくときもそうだし、ましてや車がおおきく揺れるような急ブレーキは、ストレス以外の何者でもない。不機嫌なタクシー運転手はほぼ100%「細かなブレーキをたくさん踏む人」たちである。彼らはおのれのブレーキによって、もうひとつ前まで原因をさかのぼれば快楽にまかせて踏み込んだ不用意なアクセルによって、そのストレスを蓄積しているのだと推察する。


きのう、ほぼ日の株主ミーティングに参加した。

ビジネスデザイナー・濱口秀司さんによる知的興奮にあふれたスリリングな講演、通常の株主総会、翻訳家・松岡和子さんとシアターカンパニー「カクシンハン」による〝ほぼ日の学校・シェイクスピア〟特別授業、それからほぼ日乗組員への質問会。

株主さんたちから手帳やアースボール、また生活のたのしみ展などの今後の事業展開について問われた糸井さんは、とにかく「急がないこと」の大切さをしつこいくらいに語られていた。急ぐこと、おおきくすること、市場や販路を広げまくること、右肩上がりを志向しまくることの気持ちよさに酔っぱらったら、会社の求心力をそこに求めたら、たいへんなことになる。ぼくらの基本姿勢は「できることをしよう。」であり、すなわちそれが「夢に手足を。」なのだ。直接そうおっしゃったわけではないけれど、勝手な勘違いかもしれないけれど、ぼくにはそう聞こえた。


つまらないブレーキを踏まないために、つまらないアクセルは踏まない。

それは安全を優先する運転指針である以前に、組織でどこかを目指す際の、いちばんの近道なのだと思う。

桃栗三年、カキうまいねん。
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古賀史健

古賀史健(2018)

古賀史健の note、2018年分です。
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