最近、さんぽがたのしいのです。

考えてみれば30年以上も前の話なのだ。

そんだけの時間が経過してしまえば、ルールや常識が変わっていたとしても、なんら不思議ではない。

犬をわが家に迎え入れたとき、より正確にいうと迎え入れようと準備をしていたとき、最初にびっくりしたのは「仔犬を散歩に連れ出してはいけない」という新常識の存在だった。なんでも、2度目のワクチン接種が終わるまで、生後3か月ちょっとが過ぎるまでは外に出してはいけないのだという。うちの犬がわが家にやってきたのは生後2か月くらいのころ。つまり1か月以上も、室内だけで過ごす期間があったのだ。

部屋の中で好き放題・わがまま放題に暴れる犬を見て、ぼくは「こいつにも世間の荒波を教えんければならん」と思い、ときおり抱っこしてベランダに連れ出した。そして道ゆく人びと、車たちを共に眺めながら、おおきな耳元でこう囁くのだった。博多弁で。

「ぺだる、これが外の世界ばい。ほら、いま宅配便の車が通りよるやろ? あの車にはね、ぺだるのごはんが入っとーとよ。おとうさんの洋服とか、ぺだるのごはんとかを宅配便の人が運んでくれよるとよ。そしてあの車はね、ガソリンっていうごはんを食べて走るとよ。すごいやろ? ガソリンはね、ものすごい遠いサウジアラビアとかから船で油が運ばれてきてね、それを港におろしてつくるとよ。ぺだるももうすぐ、こういう世界に出ていって、みんなと仲良くせんといかんとよ。わかる?」

ぺだるはいつも、神妙な面持ちでぼくの話を聞いていた。「ぺだる経済学」と呼んでいたその時間は、ぺだるにとって、とても大切な社会科の授業だった。

そして3か月とちょっとが過ぎたとき、いよいよお散歩デビューと相成った。


お散歩といえば犬の大好物なはずだけど、正直なところ先月あたりまでのぺだるは寝ているとき以外のぜんぶを興奮しきっていた。とくに散歩をよろこぶでもなく、ずーーーーっと暴れ、エキサイトしっぱなしだった。

そんなぺだるがこの数週間、あきらかに散歩を「とくべつなもの」としてよろこぶようになった。リードを見せるとしっぽを振り、にこにこ笑っておすわりする。こちらを見上げ、はっはっはっ、と舌を出す。

いま、毎朝の散歩がとてもたのしい。


郷に入ってはひろみに従え。
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古賀史健