たとえばあなたが、コピー機の営業マンだったとしよう。

「たとえばあなたが、コピー機の営業マンだったとしよう」。

ビジネス書などでよく見かける、たとえ話の導入だ。たぶんないとは思うものの、もしかしたらぼくも書いたことがあるかもしれない。外回りの象徴、または飛び込み営業の象徴として、なぜか「コピー機の営業」のたとえは好まれている。定型句のようなものだ。

しかし、渋谷の雑居ビルにオフィスをかまえて1年半。ようやく気がついた。いるのだ。ほんとうにコピー機の営業さんは。しかもやたらと多いのだ。飛び込みで現れるコピー機の営業さんは。零細企業あるところ、雑居ビルのあるところにコピー機の営業マンあり。そう言ってもいいくらい、多いのである。

インターネット文化に染まりくさった自分のような半端者は、不思議に思う。そりゃあオフィスにコピー機は必要だ。複合機は必要だ。けれどもきみ、さすがに導入を考えるのであれば、多少の比較検討をするだろう。A社やB社の比較もするし、機種ごとの比較もする。そして比較や検討をする場所といえば、当然インターネットだろう。見たことないけど、たぶん検索すればオフィス用複合機の徹底比較サイト、みたいなところもあるだろう。いきなりやってきた特定業者の営業マンの、なにを信じろというのか。

けれども企業は安くない賃金を払い、人員を雇い、こうして無鉄砲な飛び込み営業にあたらせる。代理店・特約店はそれで儲けてる。おかしいじゃないか、理屈に合わないじゃないか、黒字になるわけないじゃないか。


というわけで、コピー機の飛び込み営業が消えない理由を考えてみた。

彼らの常套句といえば、経費削減である。みんな大好き、ランニングコストの削減である。おたくはいまあすこのメーカーのコピー機を使っておられる。そのリース代に月々これだけ払っておられる。しかしうちは、たったこれだけ、月に500円も安くリースしてさしあげる。塵も積もれば山となり、500円をバカにしてはいけない。あなた方はいま、500円も損をしているのだ。この絶大なる経費削減を成し遂げたあなたは社内での評価も急上昇、立身出世は間違いないでしょう。そういう言い分である。

人はランニングコストという言葉に弱く、固定費という言葉に弱い。しかも、やってきた営業マンはマンツーマン。いかにも「ここだけの話」といった調子でランニングコストの削減を提案する。損をしているあなたの愚を嘆きつつ、「いまだけ」「お客さまだけ」を匂わせながら、極秘情報めいた乗り換えを提案してくる。

実際に月500円安くなるんだから立派なものじゃないか、けっこうな話じゃないか、と反論される方もあるかもしれないが、月500円とは年間6000円である。バイトくんの日給である。金額交渉、現在リースしているコピー機の解約、新規の契約、管理責任者への承認、書類の押印、機材の搬入、パソコンの再設定、取扱いマニュアルの習得、その他もろもろ発生してくる「仕事」を考えれば、はたしてそれがお得な話なのか、一考の余地はあるだろう。

けれども人は、「ランニングコスト」という言葉に異様なほどの恐怖を抱いており、「お前は損をしている」という指摘に戦慄し、ささやくように語られる「ここだけの話」に弱いのだ。


お願いですからうちにはもうこないでください。

鬼にカネボウ。
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古賀史健

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