秋が近づくと思い出す風景。

あれはいつの話だったかなあ。

ホークスがダイエーだった時代、と思って調べてみたらソフトバンクに変わった1年目。リーグ1位の成績でシーズンを終えながら、プレーオフで千葉ロッテに敗れ、優勝を逃したことがあった。2005年の秋のことだ。

飛び上がり、抱き合い、バンザイし、胴上げし合う千葉ロッテの選手たちの姿を眺めながら、ホークスの選手たちは泣いていた。悔し涙を流していた。


ホークスの大ファンだったはずのぼくは、もらい泣きするでもなく、ただただかっこいいなあ、と思っていた。

プロ野球選手にとって、野球とは「おしごと」だ。美容師が髪を切るように、販売員が服を売るように、パン屋さんがクロワッサンを焼くように、あるいはライターが原稿を書くように、ボールを投げ、ボールをつかみ、ボールを打っている。それでお給料をもらい、きょうの晩ごはんを食べている。

その「おしごと」の結果を受けていま、彼らは泣いている。テレビカメラの前で、人目もはばからず悔し涙を流している。

ぼくはこれまで、「おしごと」の結果を受けて、あんなふうに泣いたことがあっただろうか。たとえばまずい原稿を書いて、悔し涙を流したことがあっただろうか。うれし涙を流したことがあっただろうか。

ないんだよなあ。


そりゃそうだよ、と言われるかもしれないけど、実際に仕事でミスをするたび泣いてちゃしょうがないんだけど、それでもあんなふうに悔し涙を流せるプロスポーツ選手たちに、ぼくは猛烈なあこがれを抱いてしまう。

「最後に泣いたのはいつですか?」

そんな心理テストっぽい質問に、映画や小説のお客さんとして流させてもらった涙だけじゃない、もう少し「わたし」が主人公になった涙があること。それはたぶん、いいことなんだろうなあ。


郷に入ってはひろみに従え。
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古賀史健

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