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「役に立たない」の先にあるもの。

うーん、10年前の自分が読んだら、これをどう思うのだろうか。

ほぼ日刊イトイ新聞で連載されていたインタビュー企画「嘘ってなんだ!?」が本日最終回を迎えた。クロースアップ・マジックの第一人者、前田知洋さんに「嘘とマジック」について話を伺うコンテンツだ。毎回たのしく読みながら、ぼくはちょっとだけこれからの自分について考えた。

じつをいうとぼくも、長らく「マジシャンに『人をだますということ』について語ってもらう」企画を考えていた。マジシャンと心理学者の共著で、だますことやだまされることについて、理論と実践、研究室と現場の両面から語ってもらうという企画を考えていた。

たとえばプロレスファンは、試合中に垣間見える「八百長くさい瞬間」を、うまく脳内で消去しながら観戦している。90年代以降のマイケル・ジャクソンが体現していたデヴィッド・カッパーフィールド的ステージをぼくらは、タネも仕掛けもない奇跡でも観るように見上げ、熱狂している。そしてもちろん、手品師のマジックに触れたときのぼくらは、タネや仕掛けを探しながらもじつは、それが見つからないことを願っている。エンターテインメントに接するときのぼくらは、もしかしたら「だまされたい」のではないか。だまされることによって、非日常へといざなってもらいたいのではないか。そんな予感をもって何人かの編集者さんに企画を持ち込んだ。

もちろんなかには「なにがおもしろいのかさっぱりわからない」という人もいたけれど、多くの編集者さんは「おもしろそうですねえ」と反応してくれる。しかし、本としての正式な企画には至らない。最終的に出てくることばは、これである。


「それ、なんか役に立ちますかね?」


そう。この企画に限らずぼくがやってみたいなあ、と思うことの大半は「役に立たないこと」なのだ。結局、そのときの手品師と心理学者が「だますこと&だまされること」を考える、という企画は次のようなかたちに落ち着き、本になった。ちょうど10年前のことだ。

振り込め詐欺や投資詐欺など、世間を騒がせる詐欺行為のからくりを心理学的に分析して注意喚起をおこないながら、ちょっとした「人たらし」のテクニックまでも紹介する、という一冊だ。おもしろい本だったと思うし、好きな本でもあるのだけど、やはり当初の思いからはずいぶん遠い本になった。ビジネス書全般に求められる「役に立つ」との両立を考えると、このあたりがギリギリの折衷点だったのだ。

いま、ぼくは「役に立つこと」への関心が、急速に失われつつある。「なんの役にも立たないけれど、おもしろい」への関心がむくむく湧き上がっている。

もちろん、「役に立たないこと」でめしを食っていくには、「芸」が必要だ。知識や技術ではない、「芸」が必要だ。


10年前の自分、いまの自分、そして10年後の自分。


ほぼ日という自由な場を眺めながら、いろんな自分を考えた。