チケットと熱狂を求めて。2008年真夏の北京(後編)

北京滞在3日目、お昼頃。「我欲棒球 券」そう書かれた紙を掲げ、野球競技会場周辺に立っていた自分に、大会スタッフと思われる女性が歩み寄ってきた。「すぐに紙をしまい、立ち去るように」そう、声をかけられるものだと身構えていたが、英語で発せられた言葉は、意外な内容だった。

「あなたは日本人ですよね。(転売屋は)きっと、あなたに対して、高い値段で売ろうとします。今はまだ、チケットを買わないほうが良い。夕方、試合開始前に来れば、より安くチケットを購入出来ますよ」
聞き取れた内容は、こんな感じだった。まさか、大会公式スタッフから、ダフ屋に対する助言を受けることとは。驚いたものの、無論、アドバイスを参考にさせてもらうことに。一旦、「チケット求む」を取り下げ、夕方まで時間を過ごすことにした。

その後、やや涼しくなってきた時間帯に再び、同じ場所で紙を胸に、路上で待つ。すぐに強面の大柄な男性が近づいてきた。自分の隣に立つと、持っていたセカンドバックを開き、中身をみせてくれた。そこには数十枚とも思えるオリンピックチケットが。あまりにも「スムーズに」展開が進んだことに驚くも、動揺することなく、お目当てである『野球 日本対オランダ』の観戦チケットを探していることを伝える。

男性はチケットの束から「これか?」という感じで、「これ」を取り出した。それだった。値段の交渉に入ると、すぐに電卓だったかで数字をみせられ、その値段で購入することに。定価の10倍程度、さほど安いとも思えなかったが、競技が観られる喜びと、旅先でチケット購入に至るまでのプロセスの興奮により、即断となった。

五課松球技場の鉄骨を組み合わせて作られていた、外野観戦スタンドの真ん中あたりに座った。試合開始前の練習では、ダルビッシュ有や阿部慎之助、田中将大といった当時の代表選手たちが身体を動かしていた。思わず、殆どガラガラのスタンドの前まで移動し、選手たちを見つめる。

そしてホームベース付近では、星野監督や山本浩二、田淵幸一両コーチの姿も。ノックなんかを眺めながら、どこか喉かな雰囲気に包まれていると思われたが、外野スタンド付近に一人のコーチが歩み寄ると、思わず大声を発する。大野豊投手コーチだった。「大野さん頑張ってくださーい」興奮気味に叫ぶと、我々に笑顔をみせてくれて、声援にも応えてくれた。

現役の代表選手達より、コーチに心躍らせたことに違和感を覚えたが、すぐに理解する。子供の頃、巨人戦で力投していた記憶が、深く刻み込まれているからだ。幼いころのインパクト、その印象は大人になっても消えないと確信した、夢の舞台、オリンピックでの試合前の出来事だった。(佐藤文孝)

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