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036 夜に咲くオレンジ色の花

すこし暑さが戻った九月のある日の22時30分ごろ。
私は会社でいつものように残業していました。
パソコンに向かってカタカタカタ。
ときどき資料をみて考えて、あるいは計算をしてカタカタカタ。
会社の中にはすでに人がいなくて、夜だけがそこにいました。
考えながら何かを作成するのは時間を忘れるほどおもしろいのですが、知らぬ間に頭痛を引き起こしていることがあります。
そうなったら残業おしまい、の合図です。

あいたたた、と思いながら机を片付けます。
残業申請をするのを忘れていたことを思い出して、さらに頭が痛みます。
みしみしみし。

会社の戸締りをして、警備員さんに鍵を渡して
「お疲れさまです」。

会社の裏口から出ます。
駅に行くと、思ったよりも人がたくさんいて、また頭が痛みます。
みしみしみし。

タクシーを使おう。
決意しました。

そして駅のタクシー乗り場で、すいっと乗りました。
「近くて申し訳ないのですが…」
と運転手さんに言うと
「かまいませんよ。どうぞ」
と乗せてくれました。白髪まじりのやさしそうな運転手さんで安心しました。

タクシーの運転手さんは、ときどきたくさん話してくださる方がいて、楽しくてとてもありがたいのですが、頭痛が起こっているときにはすこしだけ「まいったな」と思うこともあります。

でも。その日乗ったタクシーの運転手さんが行き先以外で話したことはたったひとつだけでした。

「良い夜ですねぇ」

その言葉の豊かさに私ははっとしました。
軽くてふくよかで、相手に受け取り方を委ねています。
ふとタクシーの窓から景色を見ると、しっかりと暗くて、でも家や街灯はやわらかくオレンジ色にともっている、たしかにきれいな夜でした。
残業をしたけれど、時間をかけた分よいものができましたし、鍵を返す時に警備員さんとあいさつもできました。

良い夜だな。

心からそう思いました。
そしていつの間にか頭痛もやわらいでいるようでした。

今回も最後まで読んでくださって、ありがとうございました。

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おまけ

私は目があまり良くなくて、いつもコンタクトレンズをつけています。
この日は頭痛がしたので、コンタクトレンズをはずして帰りました。
すると、ネイビーブルーの夜の空気の中に灯っている街灯や家の明かりが、ぼやけて見えてとても幻想的でした。花みたい、と思ったのでイラストを描きました。

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