移住の報告でもしようかと

あんまりこういう文章を書くつもりはなかったのですが、尊敬する後輩である川地くんがこんな文章を書いておりまして、それについつい触発されてしまいました。人のこころはいとも簡単に動いてしまうものです。
また、同じくらいの時期に、敬愛する友人であるのりおくんのお店factoryも閉店するらしいので、なんというか、ぼくも少しくらい発信しておこうかと、そんな気分になった次第でございます。

野に咲く花を探しに

さて、ぼくは花道をやっているのですが、「野に咲く花を、野に咲くようにいける」ということをやっているものですから、野に咲く花の少ない東京ではなかなか満足のいく活動をすることができません。もちろんそういう花がある場所もあるでしょうが、少なくとも、いまぼくが住んでいるところの近くには、花はほとんどありません。そこで、「野に咲く花がたくさんあるところに行きたい」と、そう考えるようになりました。これが第一のキッカケであります。

それはちょうど、東京について疑問を持っている時期とも重なりました。そうですねぇ、あれは小池都知事に少し不信感を持ったときのことでしょうか。東京に居る理由についてちょっと考えていたのですが、「便利」以外に何も浮かばなかったのです。うーん、これはちょっとツマラナイ。

知人の中には地方を中心に活動する人も多く、そもそも東京の外での暮らしにも興味もあったものですから、ちょうど良い機会かと思い、なんとなく中古の住宅を探しはじめました。
探し始めて一ヶ月くらいでしょうか、長野県のとある山間の町で、たまたま良い物件と巡り合うことができました。泊まった宿の女将さんが美人で良い人だったのが決め手でした。もし違う宿に泊まっていたら、もう少し悩んでいたと思います。

なぜ長野なのかとよく聞かれますが、何の理由もありません。縁もゆかりもありませんし、たまたま最初に見つけたイイ感じの家が長野だっただけです。だから、聞いてもらうのは構わないのですが、この話はぜんぜん膨らまないということだけ覚えておいてください。一つだけ、強いて言うのであれば、ぼくはいつも「偶然」を愛しております。

購入した家は、築100年以上経過しているようなオンボロではございますが、白洲先生たちも鶴川に古い家を買って、「家は数十年かけて育てていくものだ」みたいに言っていたことですし、せっかくなので、新築ではできないような育て方をしたいと思っております。

また、そのままでは住める状態ではなかったので、現在リノベーションの工事をしている最中なのですが、建築のことは不慣れで大変苦労しております。設計をサポートしてくれているツバメアーキテクツのみなさんには、ただただ感謝申し上げる次第でございます。
大きな本棚もできる予定なので、完成が大変楽しみであります。

しかし、ぼくが古民家を買ってリノベーションするなんて、まったく信じられません。こうなったのは紛れもなく青木純さんの責任であります。一つ前の引っ越しの際、普通のマンションでいいと思っていたのに、彼のせいでなぜかマンションをリノベーションして住むことになり、そこから別のルートを進むことになってしまった。これについても、ただただ感謝申し上げる次第でございます。

現実と面影のあいだで

さて、仕事はと言いますと、いまはとあるベンチャーの経営基盤の設計や、リクルートの組織づくりなどをお手伝いしております。長野に引っ越しても、これらの仕事を継続する予定です。リモートで作業をしつつ、定期的に東京に来るような形になるかと思います。
少しずつ長野の仕事もしたいと思っているので、長野で会社でも作って、まずは人脈を広げるところからやっていこうと考えております。

また、よく言われて正直少し心外なのですが、けして隠居をしたいわけではありません。スローライフを送りたいわけでもありません。ていねいな暮らしなんて、お願いだから言わないでください。
ぼくは資本主義を否定しません。だって、ユニクロで安い服を買うのだって、とっても楽しいじゃないですか。
しかし、ぼくは同時に懐古厨でもあります。チェンバレン渡辺京二によって死に追い込まれた日本の面影を恋しく思う毎日です。
なんというか、その間でうまくバランスを取るために、引っ越そうと考えているのです。東京には感謝しておりますが、そこにぼくが恋する日本の面影はありません。だから、東京にどっぷりと依存するのではなく、日本の面影に恋しつつ、たまーに東京を頼らせてもらう、そんな生活をしたかったのです。

それと、「コイツは一体何を言ってるんだ」と思うかもしれませんが、決心できたのはブラッドボーンというゲームのおかげでもあります。これがまた大変難しいゲームでして、やり込み要素も多く、一回クリアしただけではとても足りません。そこで、二週目に突入したときに思ったのです。ゲームに二週目があるなら、ぼくの人生も二週目ができるのではないかと。
いや、もちろん人生は死んで生き返ることはできませんし、最初からやり直すこともできません。ただ、住む場所を変えたり、仕事の仕方を変えることで、擬似的に二週目ができるのではないかと思ったのです。
強くてニューゲームのようにうまくはいかないでしょうが、長野で二週目風なことをやってみたいと思います。

ということで、今年の夏頃には長野に引っ越します。

家には、小さいながらに庭もあるので、仕事のかたわら畑を作ってみたり、花壇を作ってみたりしようと思います。意外と忙しくてぜんぜんできない可能性もありますが、しかしまぁ、それはそれでヨシとしようじゃありませんか。
東京にも毎週のように来ると思うので、みなさんこれからもよろしくお願いします。

蛇足

さて、6月に入り、東京では道端のドクダミが目立つようになりました。野に咲く花が少ない都心で、唯一ぼくのこころを癒やしてくれる存在であります。
そんなドクダミを見ながら、来年の同じ頃には、家の庭でテッセンが咲いていると乙だなぁなんて、ぼんやり想像しております。

自由と書物と花と月がある。これで幸せでない人間などいるものだろうか。- オスカー・ワイルド

うん、これでだいたい揃うんじゃないでしょうか。

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Fumiya Yamamoto

TEKITO

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