モノアラガイの貝殻 ~巻き方を決める遺伝子~ 論文紹介 簡易版

モノアラガイの貝殻 ~巻き方を決める遺伝子~

論文名 The development of CRISPR for a mollusc establishes the formin Lsdia1 as the long-sought gene for snail dextral/sinistral coiling
軟体動物に対するCRISPRを開発することで、長年探索されていた巻き貝の巻き方を決める遺伝子がフォルミンファミリーのLsdia1遺伝子であることを証明した
著者名 Masanori Abe and Reiko Kuroda
掲載誌 Development
掲載年 2019年
リンク https://dev.biologists.org/content/146/9/dev175976

Lsdia1遺伝子が巻き貝の巻き方決定遺伝子であることを遺伝子ノックアウト証明した2019年の論文です。
 軟体動物である巻き貝はらせん卵割をします。らせん卵割は卵が分裂していく途中でひねりが入り、らせんを描くように分裂していきます(漫画「巻き貝の巻方向」参照)。らせんの方向と巻き貝の巻き方には関係性が有ることが昔から知られていました。しかし、どうしてひねりが入るのか?ひねりの方向はどうして決まるのか?ひねりの方向と巻き方に関係性があるのはなぜか?などなど分かっていないことがたくさんあります。
 この論文の研究グループは2003年の論文発表から継続的に巻き方の決定について、キラリティーという点から研究を行い、論文を発表しています。キラリティーとは鏡像関係性と言えば良いでしょうか。例えば右と左の手のひらのように、同じ構成であっても重ね合わせることが出来ず、鏡で写したような関係性のことです。巻き貝の右巻きと左巻きもキラリティーがあります。そのキラリティーはいつから始まってどのように作られるのかというテーマで研究を行っているようです。
 これまでの研究で、巻き方決定遺伝子の候補が見つかり、ほとんど間違いないだろうというところまで行きましたが、決定的な証拠がありませんでした。また、背景の中でも出てきますが、他の研究グループからは最終的な結論は同じですが、違った実験結果が論文として発表されました。そのために、その候補遺伝子が本当に巻き方を決定していることを示す確実な実験結果を示す必要があり、本論文につながったと思います。
 これまで8細胞で見られるらせんの始まりが、巻き方の違いにつながる最初に観察できる現象だと考えられて来ましたが、実はすでに1細胞から違いは有るのだということを示した点も大きな発見です。今後は1細胞(卵)の中でたんぱく質がどのように配置されているのかなどが問題になるでしょう。巻き方決定遺伝子は分かりましたが、ではどうやってその遺伝子が違いを生み出しているのかという点については今後の研究に期待です。
 遺伝子ノックアウトは、その遺伝子が無くなってしまうのですから、原因と結果が直接的に結びつけることが出来、説得力が非常に高くなります。CRISPR/Cas9システムによって遺伝子ノックアウトは色々な生物で試すことが出来るようになり、これまではっきりしなかったことが、この先は明確になっていくかと思われます。

補足は論文には書かれていないことです。分かりやすくするために追加した文章になります。


この論文で分かったこと
・巻き貝であるヨーロッパモノアラガイの巻き方はLsdia1遺伝子によって決まる。
・Lsdia1たんぱく質は8細胞期の細胞間キラリティーをコントロールすることで、左右に関係する遺伝子であるNodal遺伝子とPitx遺伝子を特定の細胞で発現させる。
・右巻きと左巻きの最初のキラリティー(鏡像対称性)は、これまでの第3卵割ではなく第1卵割(最初の細胞分裂)で観察される。

[背景]

 体の左右に見られる非対称性はしっかりと制御された遺伝的な方法によって決められています。色々な生物が持つ様々なメカニズムや共通するメカニズム、そして細胞のキラリティーがどのように関係しているのかに関心が集まっています。(補足:キラリティーとは自身の鏡像と重ね合わせることが出来ない構造的特徴を持つことを言う。鏡像対称性。例として、右手と左手、巻き貝の右巻きと左巻きなどがある。)しかし、多くの重要なことは分かっていません。ヨーロッパモノアラガイは同じ種の中に左巻き(劣性)と右巻き(優性)の両方が存在し、雌雄同体で自家受精も他家受精も出来ます(漫画「ヨーロッパモノアラガイ」参照)。これまでの研究で、巻き方決定遺伝子の候補としてョウジョウバエで見つかったアクチンと関連しているディアファノスという遺伝子に似ているLsdia1遺伝子を発見しました。この遺伝子は卵の中で発現していて、右巻きではそのたんぱく質は産まれたばかりの卵から原腸形成期まで存在しています。一方で、左巻きでは、両方の染色体にあるLsdia1遺伝子でフレームシフト変異がみられ、そのたんぱく質は先端で打ち切られています(図1、漫画「Lsdia1遺伝子」参照)。左巻きでLsdia1たんぱく質が無いことは、Lsdia1遺伝子が重複して作られ、Lsdia1遺伝子と非常に似ているLsdia2遺伝子によって補われています。Lsdia2遺伝子は右巻き左巻きの両方で卵の中で発現しています。

画像1

  別の研究グループもLsdia遺伝子が左右の非対称性に関係していることを報告しています。しかし、彼らの重要な結果は当研究グループの結果とは一致しません。1つ目は遺伝子が発現している場所です。2つ目は、この研究グループがLsdia1遺伝子とLsdia2遺伝子を区別していないことです。3つ目は、当研究グループ行った薬剤による阻害実験では、薬剤の濃度がわずか5 μMで胚は死んでしまいましたが、別の研究グループの結果は100 μMの濃度での実験によるものでした(漫画「Lsdia1遺伝子」参照)。このような大きな違いがありますが、これまでの報告から、Lsdia1遺伝子の変異が左巻きと関係している可能性は高いと言えます。そのため、同じ左巻きとなる変異体の作成が期待されました。本論文では、CRISPR/Cas9システム(図2)によって直接的にLsdia1遺伝子をノックアウトすることで巻き方決定遺伝子を決定することを目的としました。

画像2


[結果と考察]

 Lsdia1遺伝子が巻き方決定遺伝子であることを証明し、巻き方のキラリティーに対する働きを調べるために、CRISPR/Cas9システム技術を用いて、Lsdia1遺伝子ノックアウト巻き貝を作成し、10個体の成体を得ました(漫画「Lsdia1遺伝子をなくす」参照)。Lsdia1遺伝子に対する変異を確かめた後、これらの注入個体の次世代(F1)を調べてみると、4個体からは右巻きだけが産まれ、1個体からは左巻きだけが産まれました。(補足:他は卵を産まない個体、変異が入っていない個体、右巻きと左巻きが一緒に産まれる個体。)
 巻き方の決定がLsdia1遺伝子の卵に対する影響によるものかを証明するために、F2世代を調べたところ、二本の染色体にそれぞれあるLsdia1遺伝子の両方にノックアウト変異が入ったF1(-/-)は左巻きを産むことが分かりました。一方で、片方の遺伝子に変異が導入されていない個体(+/-)では右巻きだけを産むことが分かりました(漫画「Lsdia1遺伝子をなくす」参照)。
 4細胞から8細胞になる第3卵割での細胞骨格の動きもLsdia1遺伝子によってコントロールされています。この時期に、はじめてはっきりとしたキラリティー、小割球の時計回りと反時計回りのひねりがそれぞれ右巻きと左巻きで見られます(漫画「右巻き?左巻き?」参照)。F1世代の子供(F2)の第3卵割のパターンを調べると、2つあるLsdia1遺伝子の片方のLsdia1遺伝子にノックアウト変異が導入されていないF1個体(+/-)子供(F2)では野生の右巻きと全く同じひねりを見せました。一方で、両方のLsdia1遺伝子にノックアウト変異が導入されたF1個体(-/-)の子供(F2)は、野生の左巻きと似たパターンを見せました(動画1動画2動画3)。
 ヨーロッパモノアラガイの巻き方は第3卵割で決まります。これが最初の観察できるキラリティーでしょうか?最初にキラリティーが観察できるのはいつかを調べるために、卵を押さえつけている卵黄膜外してみました(漫画「最初の違い」参照)。この実験によって、初めて同じ種内の右巻きと左巻きの第1卵割でキラリティーが観察されました(動画4)。野生の巻き貝でも遺伝子に変異のある巻き貝でも、そのキラリティーは母親のLsdia1遺伝子に依存していました。この観察から、受精卵は機能的なLsdia1たんぱく質の有る無しに依存する内在性の左または右のキラリティー情報を持っていることが示されました。これは軟体動物における体の左右性に直接的につながる最も早く観察できる対称性のほころびです。
 脊椎動物と無脊椎動物の両方で、個体レベルでの左右非対称性はNodal遺伝子とPitx遺伝子が非対称な場所に発現することによって作られます。以前の研究で、ヨーロッパモノアラガイではNodal遺伝子とPitx遺伝子はそれぞれ、33-49細胞期と49-64細胞期で発現し始め、ベリジャー幼生(補足:巻き貝の卵は発生していくとトロコフォア幼生になり、さらに成長してベリジャー幼生になる。)まで発現が続くことが分かっています。両方のLsdia1遺伝子にノックアウト変異が導入されてF1個体(-/-)の子供(F2)では、これらの遺伝子の発現場所が野生の右巻きのものと完全な鏡像関係になりましたが、片方の遺伝子に変異が導入されていないF1個体(+/-)の子供(F2)では、野生の右巻きのものと同じ場所に発現していました(漫画「左右に関係する遺伝子①Nodal」「左右に関係する遺伝子②Pitx」参照)。そのため、Nodal遺伝子とPitx遺伝子の出るパターンもまたLsdia1たんぱく質の存在によって決められています。
 本研究では、軟体動物ではじめて成功した遺伝子ノックアウトを使うことで、ヨーロッパモノアラガイのLsdia1たんぱく質に依存した左右非対称の確立の新しいメカニズムを明らかにしました。左右非対称の多くの生物で、アクチンに関係した細胞骨格の動きが重要であることの認識は高まっています。ディアファノス遺伝子に似た遺伝子は人間にもありますので、Lsdia1とLsdia2遺伝子の研究は、人口あたり0.01%で見られる内蔵逆位の理解に関係する可能性があります。そのため、ヨーロッパモノアラガイを使ったキラリティー研究は真核生物の根本的なメカニズムに対する新しい知見をもたらすかもしれません。

よろしくお願いします。