カメムシの一斉ふ化 ~目覚めのバイブレーション~ 論文紹介 簡易版

カメムシの一斉ふ化 ~目覚めのバイブレーション~

論文掲載年 2019年
掲載雑誌 Current Biology
論文タイトル Egg-cracking vibration as a cue for stink bug siblings to synchronize hatching
和文タイトル 卵の殻が割れる時の振動が合図となってカメムシの兄弟は一斉にふ化する
著者 Jun Endo, Takuma Takanashi, Hiromi Mukai, and Hideharu Numata
論文へリンク https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0960982218314908

クサギカメムシの一斉ふ化を起こす合図を研究した2019年の論文です。
 卵の一斉ふ化というと鳥がよく知られていますが、他の動物でも見られる現象です。この現象ではふ化を促す合図があることが知られています。鳥のウズラの場合では、ふ化直前のヒナの鳴き声が合図になっています。このような合図は動物によって違うことが分かっています。
 今回の論文はクサギカメムシの一斉ふ化の研究です。ふ化の動画(https://www.youtube.com/watch?v=KaCnAa1GPe4)を見るとわかるのですが、本当に一斉にふ化していきます。この時の合図を見つけるために、卵の配置を変えながらふ化の様子を観察し、合図として使われているものを徐々に絞っていく論文構成となっており、研究者がどのように実験を組み立てたかが分かり易いです。最終的に振動が合図になっていることを突き止めた後に、人工的にその振動を与えることでふ化が起こるかどうかをきちんと確かめています。また、クサギカメムシにとって一斉ふ化がどのような意味を持っているのかを考察している点は非常に面白いです。
 今回の論文では、クサギカメムシを使っていますが、フタボシツチカメムシでは、母親が卵をゆすることが合図になることが分かっています。同じカメムシで振動が合図である点は同じですが、その発生源が違うのはどうしてなのでしょうか?また、振動を卵がどのように受け取り、ふ化につなげているのかなど分からない点がまだまだあります。今後の研究に期待したいです。
補足は論文には書かれていないことです。分かりやすくするために追加した文章になります。


この論文で分かったこと
・クサギカメムシのふ化で、卵の殻が割れる時に1回の振動が起こる。
・この振動を受け取ったふ化直前の卵は、すぐにふ化を始める。
・この振動は卵塊内の卵に広く伝わる。

[背景]

 多くの動物で、卵塊(1回の産卵で生まれた複数個の卵)は親からの合図や環境の変化によって一斉にふ化します(漫画「卵の一斉ふ化」参照)。一方で、いくつかの動物では、ふ化後の集団移動などのために積極的にふ化のタイミングを兄弟と合わせようとします。この様な胚では、ふ化のタイミングを合わせるために合図が必要です。これまでに、いろいろな物理的な刺激を人工的に卵に与える研究から、いくつかの種類のカメや昆虫で、ふ化した幼生が動き回ることで発生する振動や物理的な力(卵を押す力)が合図として使われていることが分かりました。しかし、小さな胚やふ化したばかりの幼生が、卵が検知できるほどの物理的な合図を出せるという証拠はまだありません。そこで、一斉にふ化することが分かっているクサギカメムシを使い、ふ化の合図を突き止めることにしました(漫画「クサギカメムシの場合」参照)。

[結果]

 一斉ふ化の合図を調べるために、クサギカメムシの同じ卵塊(だいたい28個の卵からなる)から2個一組のペアを作り、配置を変えて画用紙の上にくっつけ、この2個の卵が一斉にふ化するかどうかを調べました(漫画「2個1組の卵を使う」参照)。卵塊から接着したままの2個の卵を取り出した場合、ほとんど同時にふ化する率が90%以上になりました。卵塊から別々に卵を取り接着させた場合でもほとんど同時にふ化しました。次に、卵を1 mmの間を開けて画用紙の上にくっつけた場合と卵を別々の画用紙の上にくっつけた場合では、同時ふ化率が大きく低下しました。この結果から、合図は接触している卵の間を伝わるものであると考えられます。可能性のあるものとして振動や他の物理的な力が考えられます。
卵を1 mmの間を空けて画用紙の上にくっつけた場合に、シャーペンの芯による橋を付けないものと付けたものを用意したところ、同時ふ化率は橋を付けたもので高くなりました(漫画「振動!?」参照)。この結果から、クサギカメムシの卵塊では、胚またはふ化したばかりの幼虫が起こす振動が一斉ふ化の合図として使われていることが示されました。
 卵の殻を開けるために、卵の中でクサギカメムシの胚は繰り返し頭にあるT状の構造(卵割り機)を卵の蓋に押し付けていることから、最初にふ化した卵の殻が割れる時に起きる振動が合図となっていると仮説を立てました(漫画「クサギカメムシのふ化」参照)。隣り合って接着している卵を画用紙にくっつけて、最初の卵の殻が割れた時に、その卵から隣の卵に伝わる振動をレーザー振動検出器で記録したところ、最初の卵の殻が割れた時に、隣の割れていない卵に伝わった単一パルスの振動を記録しました(漫画「振動でふ化する?」参照)。ふ化直前の卵に、記録した振動またはバックグラウンドノイズ振動(風による揺れなど)を与えると、記録した振動を与えた場合にふ化する確率が上昇しました。
 クサギカメムシでは、卵塊のすべての卵が一斉にふ化する爆発的なパターンを示します。これは、ふ化の合図である振動はふ化した卵から接触している隣の卵に伝わるだけでなく、間にいくつか卵を挟んだ遠くの卵にまで伝わっているためでしょう。この可能性に関して、振動が間に挟んだ卵を通ってどこまで伝わっているかを確かめました。同じ卵塊から取り出した2個の生きている卵と、0個、1個、2個、または3個の凍死した卵でグループを作り、一直線になるように、また、生きた卵で死んだ卵を挟むように互いに接触させて画用紙の上にくっつけました(漫画「振動の伝わり」参照)。生きている卵のペアが同時にふ化するかどうかを調べたところ、同時ふ化率は生きている卵が接している場合と、間に死んだ卵が1から3個ある場合で、大きな違いはありませんでした。
これまでの結果をまとめると、振動は少なくとも一直線に接している卵3個分は伝わることが出来、合図として働いていると言えます。クサギカメムシの卵塊では、いつも一直線に卵が並んでいるわけではありませんが、卵の殻が割れる時の振動は一つの卵から遠くの卵にも伝わり、一斉ふ化のために働いていると考えられます。

[考察]

 本研究では、クサギカメムシの一斉ふ化が、ふ化する卵の殻が割れる時に発生する振動によって、素早く他の卵のふ化を引き起こすことによるということを明らかにしました。振動の伝達効率は素材に大きく依存します。クサギカメムシの互いに強く接着した卵の堅い殻はこの振動を効率よく伝えると考えられます。
 どのようにして昆虫の胚が振動を検知しているのかは分かりませんが、クサギカメムシの胚は成虫と同じ方法で振動に反応すると考えられます。カメムシ科の成虫は、足にある感覚器、触覚、体にある感覚毛といった振動受容体を持っていますので、少なくとも成虫ではその様な振動を検知することが出来ます。クサギカメムシの胚でも同じようにして、卵の殻が割れる時の振動の低周波部分に反応していると考えられます。
 クサギカメムシの胚は一斉ふ化を成功させるために振動を識別する必要があります。一般的に、植物の上で生活する動物は風や雨による主に100 Hz以下の低周波振動を含む振動を検知しています。その様な振動と比べて、卵の殻が割れる時の振動は違う周波数の振動である可能性があり、極端に短い時間の振動であることと合わせて、振動の識別に使われているでしょう。
 カメムシ科の幼虫は、生まれた卵の近くで数日間過ごすため、クサギカメムシの一斉ふ化が集団での移動のために進化したものとは考えられません。ふ化していない卵が残っていれば、クサギカメムシの幼虫はそれを食べます。また、この卵を食べる行動はふ化後すぐに始まります。一斉にふ化することで、幼虫に食べられ始める前にふ化できますが、一斉ふ化が無ければ、卵は先にふ化した幼虫によって食べられるでしょう。そのため、クサギカメムシでは一斉ふ化によって卵が食べられることを避けていると考えられます(漫画「一斉ふ化は何のため?」参照)。

よろしくお願いします。