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日本再興戦略 落合陽一 レビュー 〜第3章

落合さんが、
ポジションを取れ.批評家になるな.フェアに向き合え.手を動かせ.金を稼げ.画一的な基準を持つな.複雑なものや時間をかけないと成し得ないことに自分なりの価値を見出して愛でろ.あらゆることにトキメキながら,あらゆるものに絶望して期待せずに生きろ.明日と明後日で考える基準を変え続けろ.

とtwitterおよび本書で言っていたので、
とりあえず今僕が出来る
「レビューブログを書く」というポジションをとり、手を動かしています。

自分が出来ることから始めてって自分というものを規定していくのが、今の時代の流れということなので
小さいことですが、出来る事をやっている次第です。

weekly ochiaiでも「走りながら信頼を築いていく時代」と言っていましたね。

この本、本当におもしろかった。

日本再興戦略

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毎週水曜日22:00-放送しているweekly ochiaiで話していたことが、
包括的にまとまっていて非常に読み応えのある本だった。
いわゆるビジネス書で、こんなに一言一句読み飛ばしの出来ない中身の詰まった無駄のない本を読んだのは初めてです。

ではここからは、本の内容のついて書いていきます。

『はじめに』
「我々の教育は、人に言われたことをやるのに特化していて、新しいことを始めるのには特化していない」
この教育は、近代的工業生産社会、つまり大量生産型の工業社会には向いていた。
この教育があったからこそ高度経済成長を成し得た。
今の教育制度はダメだとよく言われますが、これは戦後の高度経済成長期においてはとてもいい教育だったのです。
時代が変わり、多様性を認めても社会が成り立つようになってきた現在において、
「人に言われたことをやるのに特化していて、新しいことを始めるのには特化していない」教育にガタが出始めてきたわけです。だから時代が変わったら、教育も変える必要があります。

この本を通して、落合さんが言いたい事は、
テクノロジーによって世界が変わり続けている現在、それに伴って
教育についても、コミュニティについても、政治についても、あらゆるものについて価値観をアップデートし続けていこうよ。
ということだと僕は解釈しています。

これは落合さんの座右の銘である
「変わり続けることを変えず、作り続けることをやめない」という言葉にも通じますね。

『第1章』
目的:我々は、無意識に欧米という言葉を使っている。しかし、この定義をしっかり答えられる人はほとんどいないだろう。なぜならそれは虚構の言葉であるからである。明治維新では、「欧州型」を手本にして、戦後は「米国型」を手本にして国をつくってきた。つまり「欧米」は「欧州」と「米国」に分けて考えるべきなのである。
そこで、第1章では、「欧州型」「米国型」とは具体的に何を意味するのかを考え、「欧米」という概念を見直すことを目的とする。

「具体例がなく、普段、何気なく使っているくせに意味を言えない単語が我々の言葉には多すぎる。」
その最たる例が欧米という言葉です。
日本は、外来的に取り入れたものをひとまとめに無思考で「欧米」と呼んでいるのです。

欧米という言葉を使っている限りは本質にはたどりつけない。
なのでそれをイギリス式、アメリカ式、ドイツ式と分解していって、それぞれどこがいい点か悪い点か、またこれからの時代に合っているものはどの考え方なのかということを1つ1つ考えることが日本再興をするために必要であると言っています。

それらを分解して考えることによって、
日本人というのは元来どういう価値観を持っていて、どの時代にどの考え方を取り入れたからこういう価値観になっていった。
ということがわかってくる。
それでその価値観は日本人には合っていないから、今日本ではこういう歪みが生じている。

そしてそれらを踏まえた上で、これから日本人はこういう価値観で生きていくのがいい。

といったようなことが第1章にはすごく具体的に書かれていています。

個人的に印象に残ったのは

「我々は東洋人なのにもかかわらず、あまりに東洋のことを軽視しすぎです。」

という言葉です。

この言葉にはハッとさせられました。
確かに我々は、普段から西洋を神格化しすぎている気がします。
僕自身、日本のよい文化を説明しろと言われても、上手く説明出来る自信がありません。

西洋のことを学ぶ前にまず自分の国のこと、東洋の価値観についての素養を身につけなければ、
本当の意味で、西洋の日本になじむ価値観、日本にはなじまない価値観というものを理解する事は出来ないですよね。

「「欧米」「グローバル人材」といった、メディアによく出てくる、定義出来ない言葉によって成り立つふわっとした言説は疑い」、
日本はこれからどういう価値観にアップデートしていくのがいいのかを僕自身も考えていきたいと思います。

『第2章』
目的:我々は今現在個人の時代を迎えていて、日本の取るべきスキームや、個人の能力のスキルセットが大きく転換しようとしている。
そんな時代において、考えるための道筋がないとフレームがつくれない。今後の世界に適応するために「どうやってものを考えたらいいか」という基盤を習得する事が必要である。
そこで第2章では、「日本とは何か」「日本人とは何か」を歴史から考え、考えるための基軸を習得することを目的とする。

「日本人は近代学校教育で歴史を学ぶときに、昔話として習ってしまうので、歴史が今の日本や世界認識にどのような影響を与えているかをまったく意識していません。」
まずこれが今の日本の大きな問題ですよね。
学校教育で歴史を学んでいるが、年号を覚えるだけの学習になっている。

いつかはこの章がいらなくなるぐらいの歴史教育が日本全体で施されるようになるといいなー。

ということでこの章について書きます。

「八百万の神様の中に、天皇の系譜はひとつの存在として入っているだけで、統一権限を持っていませんでした。日本は神様の世界も、手法としては民主的なのです。」

「日本は、明治から昭和初期の70年強は、日本の歴史の中では奇特な時期であって、天皇一神教の全権統治スタイルだった。」
「だが戦後はもとに戻っていった。」
と本文中にもあるように

この明治から昭和初期の70年以外は神さえも民主的であるのが日本です。

それを落合さんは、

「日本は国教を定義する事なく信仰を定義出来てしまった特殊な国」と表現しています。

日本は歴史的に多神教的な八百万の神という形式をとっているということ、
西洋の価値観は一神教に基づいていることが多いということ
を理解していれば、「西洋のこの価値観は前提が違うから日本には馴染まなさそうだな。」
といったことが理解出来るようになるのではないかと思いました。

また

「江戸時代は、分割統治、地方自治スタイルで非中央集権的なものだった。
その江戸時代が300年程度続いたという結果から、日本は非中央集権が合っていると言える。」

この考察は、これからブロックチェーンの技術によって、あらゆるものが非中央集権化していく中で、とてもおもしろい考察であるし、意義のある考察だなと思いました。

この章で僕が一番印象に残った言葉は、
「そもそも、士農工商という序列はよくできています。これは、コンピュータ時代にも、価値を持ちうるような、とてもいい並びだと思っています。」
というところです。

現代社会においても「商」が経済的には一番稼いでいるし、江戸時代でもある程度そうだったと思うのですが、なぜ一番序列が下なのだろうか?と僕はこれまで漠然と疑問に思っていました。

それについて落合さんは、
「士農工商の中で、「農」と「工」の人は明らかにモノを生み出している。それに対して、「商」じゃ基本的に生産には関わらないゼロサムゲームを行うので「商」ばかりが増えると国が成り立ちません。」
と言っていて、
これもまた目から鱗でした。
僕の疑問に対するぐうの音もでないぐらい完璧な答えです。

ゼロサムゲームの中では、いくら儲けても結局社会全体でみたら、何も生み出していないということです。
なるほど。だからこの序列はよくできていると言っているんですね。
おもしろすぎる。

だからこそ落合さん自身は、社会全体のパイ自体を拡げ得る研究という仕事をしているんだろうな。
言動が一致していて、とても気持ちがいいですよね。

今、日本では就職先にメガバンクや商社などがすごく人気がありますが、落合さんはこの状況に危機感を感じているんだろうなと僕は推測しています。
この問題の根底にあるのが、日本の拝金主義だと本書には書いてあります。

現代社会においても「商」が経済的には一番稼いでいるし、江戸時代でもある程度そうだったと思うのですが、なぜ一番序列が下なのだろうか?
と疑問に思っていた僕もおそらく例に漏れず拝金主義なのでしょう。

「今のままでは、士農工商の逆の商工農士になってしまいます」

これはどのように改善すればいいのか。

少し抽象的ではありますが、
「価値を中心としたパラダイム」に移行することです。

我々が出来るのは、まず
「社会に富を生み出したかどうか、ちゃんと考えること」
「社会にどう貢献しているのかを考えるということ」
と本書では言っています。

これなら一人一人の意識の問題ですから、今からでも出来そうですね。
僕も意識していきたいと思います。

「欧州では、アーティストや博士はとても尊敬されています。それは社会に価値を生み出しているからです。」
欧州のこういう価値観はぜひ日本にも取り込んでいきたいものですね。

この章での僕の一番の学びは、

士農工商で商が一番低いのは商というのはゼロサムゲームで本質的には価値を何も生み出していないから。
という価値観です。

『第3章』
目的:テクノロジーは、教育、研究、経営、アートのすべてに影響を与えている。AI,VR,5G,ブロックチェーンなどのテクノロジーは、これから世界を大きく変えていくだろう。
そこで第3章では、テクノロジーは日本と世界をどう変えていき、日本はそれらのテクノロジーをどう生かしていくべきかを考え、これらのテクノロジーの本質を理解することを目的とする。

この章は、まず至言から。
「夢物語に感じる程度にビジョンを大きく持ち、そして、実際に手を動かすのが、テクノロジーを用いた再興戦略には肝要なこと」

自動運転でどう変わるか。
「今後は都心に住むメリットはあまりなくなってくるでしょう。あらゆるものが自動的に届くようになりますし、自動運転を使って快適にどこにでも移動できるようになります。」
→「我々の移動や時間の概念を変えることでしょう」

この章は、まとめると

画一的な処理は人口知能のほうが得意である。
だから均質的な人材を大量に輩出する今の教育制度はこれからの時代に向いていない。
何が標準的か、何がマスか、何がマイノリティか
という二項対立で事柄を考えると
ダイバーシティは受け入れられない。
この価値観を変えるには均質的な今の教育制度を改革することが必要である。

といったようなことが書かれています。

近代では生産性が高かった均質的な教育は、テクノロジーが発達した現在においては、生産性が非常に低いのです。

5Gに関しては、とてもおもしろい未来予測がたくさんあってワクワクしたのですが、ここに書くとキリがないので、割愛させていただきます。

この章で僕が一番印象に残ったのは、
自動翻訳についての落合さんの考察です。

これから自動翻訳はますます進化していきます。

その時に必要な能力は、外国語のスキルではなく、母国語のスキルになるだろうという考察です。

これはなぜかというと、
正確な母国語を使う事が出来さえすれば、機械が正確な外国語に訳してくれるからです。

なるほど。。。。
今後は今まで以上に正確に日本語を使う事を意識していこうと強く思いました。

「今後は「訳せない」こととは、考えがまとまっておらず、コミュニケーションがとれないことと同義になるのではないでしょうか。」

、、、、おもしろすぎる!

次の記事で
第4章〜第7章について書きます。

第3章までのレビューで興味を持って頂けた方、読んでみてください。
本当におもしろいので、ぜひご一読を。

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最後に僕から一言。
この本を読んで、落合陽一さんに興味をもった人は、ぜひ毎週水曜日のweekly ochiaiを観てほしいです。
News Picksというアプリをダウンロードすれば観れます!
https://newspicks.com/user/1307390/
ついでに僕もフォローしてくれると嬉しいですなー。


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