腐った私のイメチェンで恋に落ちた可愛そうな君へ


#あの夏に乾杯   

インスタ映えするけど糞不味い料理と、地味だけど美味しい料理どっちがいい?

きっと貴方は「インスタ映え」を選ぶのよね。だから私を選ぶのよね。でも、残念でした。本当の私はインスタ映えしない糞不味い料理なのよ。

蝉時雨の中、やたらと静かな公園で2人、出会いたくはなかった。白いティーシャツにジーンズのハーフパンツ。汗で少しだけ体に張り付いて、貴方の筋肉質な体の線を、自然と誇張する。その一方、このぼんくらは、ピンクの花柄ワンピースを着て早く貴方が話し出すのを待っている。早く、今すぐ、帰りたい。

「えっと、あの、すいません」

謝るでない。謝る価値すらないようなぼんくらなのですから。ですから早く、要点を、早く済ませて、用件を。

「前から、話してみたいと思ってて、その、今度時間あるときでいいんで、ゆっくり話しませんか?」

コンビニの袋の中に、冷えたジュースとアイスが、それに新刊の漫画が。汗をかいて、びしょ濡れになって、クーラーのよく効いた部屋に着くのを、今か今かと待っている。

「あの、嫌だったらいいんです」

ほっとしてぼーっとしてしまった。危ない、危ない。この空気が流れている間は、私は彼のアイドルなのだから。気になってる大人しくって、可愛いらしい服を着た、少し不思議な子。そうでしょ?

その目は。そういうことでしょ?

でもね、残念でした。

私は根腐れしまくった、陰キャでオタクで、性悪女。

ついでに貧乏オプションもつけちゃう。

 騙されちゃって可哀想。

「ありがとう。全然いいよ。じゃあ、時間のあるときに」

貴方の顔が向日葵のように明るくなるのを見届けて、小首を傾けてひらりと回れ右。一目散に走って帰りたい衝動を抑え込み、あえてゆっくり歩き出す。女性らしくね、貴方の恋のお相手らしくね。サービズ精神、大盤振る舞い。

家に着いたらすぐにワンピースを脱ぎ捨てて、高校のジャージに着替えて、化粧を落とそう。

 本物の自分に戻るのは、簡単。


そして冷たいジュースとアイスをお供に、漫画を読むのです。新刊が出るたびに復習が必要だから、1巻から全て揃えてテーブルの上に置いてきた。準備万端、即読み倒す。

後ろの彼は、まだいるかしら。振り向くのは面倒だから、このまま、前にゆっくりと。次の曲がり角で確認して、いなかったら全力疾走、いたらわざと色っぽく髪をかきあげる。いないでくれよ、可愛そうな君。私の漫画がジュースの汗で湿りそうなんだ。もっと言えば、私の脇も滝のような汗をかいて、嫌な感じなのだから。

 連絡先も知らないし、時間ある時とか知らんし、てか名前も知らんし、誰よアイツ。キン肉マンの方がいい。

だって私は、

根腐れしまくった、陰キャで、オタクで、性悪女。


漫画の世界へフロウ、フロウ。冷たいジュース飲み干して、空のコップで乾杯しよう。空っぽの偽物の私には、それに恋するお前には、お似合いなほどの空っぽな空。首元の汗を拭い去り、振り向くと貴方はそこにいない。

よっしゃとビニール袋を握り、ヒールのサンダルで駆け抜ける。腐った世界へフロウ、フロウ。

サンダルの音が、グラスの擦れる音に聞こえて心地いい。

夏に乾杯、恋に完敗、蒸れる心のワクワク感。

さあ、行こう二次元の世界へ。

本物の、私の世界へ。

蝉の声すら届かない、極寒の極楽へフロウ、フロウ。