臨場感のために
友人が出演している演劇を観に行ったときのことだ。
開演までのしばらくの間、ボンヤリと客席に座っていると、後ろに座っている同年代の女子二人の会話が耳に入ってきた。
「うわぁ、舞台近いね」
「うん、すごい臨場感」
引っかかったのはこの「すごい臨場感」という言葉だ。辞書によると臨場感とは【実際その場に身を置いているかのような感じ】という意味だそうだ。ということは、この「すごい臨場感」と言った女は、「実際に演劇を見に来ているかのような人」という存在であり、だとしたらこの人の本体は一体どこにあるのだろう。
臨場感って一体なんなのか。
ある国語辞典での臨場感の例文は「臨場感あふれる画面」だった。
最近でいうと3D映画であり、また遊園地などにあるライドシアター系のアトラクションもその類だろう。
ただここでも一つ気になっていることがある。 例えば激しい宇宙戦争を描いた3D映画を観ているとしよう。 敵の宇宙船からの攻撃によって逃げ惑う人々。3Dで飛び出してくるミサイル。さぞ「臨場感」のあることだろう。
しかしながら、この時点で我々には一つの問題が生じている。
「画面からミサイルが飛び出しても、座っている」
眼前にまで迫っているミサイルの映像にのけぞる人もいるだろうが、「3D映画の迫力に驚き映画館から飛び出していった人」という話を聞いたことがない。
映画を観終われば「すごい臨場感だった!」と言うだろうが、常に座った状態で見ている時点で、そして映像が自分に危害を加えないという時点で「実際その場に身を置いている感じ」はかなり削られている。
だから本当に臨場感を出すためには、観客が2,3人負傷した方がいいと思う。時には死亡者も出てくるだろう。
しかし、それは臨場感のためだ。諦めてくれ。
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