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(12)群像一年分を読み終える

2023年12月3日、群像12月号を読み終えた。この号には一挙掲載の中編小説が3本掲載されていて、そのどれもが良い意味で奇妙な作品ばかりで楽しかった。小砂川チト『猿の戴冠式』、村雲菜月『コレクターズ・ハイ』を読了し、青木淳悟『春の苺』の最終行にたどり着いて、僕の「群像一年分の一年」は終わった。

毎号の分厚さにひるみつつ、とにかく地道にページをめくり、一冊読み切ったころにはもう次の号が届いていて、また読む。それを12回繰り返した。軽はずみな思いつきで始めたにしては大変な取り組みだったが、終わってしまえばあっという間だった気もする。

この一年の大きな収穫はやはり、新たな作家をたくさん知れたことだ。群像で初めてその文章を読み、他の著作にも手を伸ばしたいと思った書き手が何人もいる。12月号掲載のひらいめぐみのエッセイ「ふたつか、ひとつか」は、「お尻は割れているからふたつなのか、まとめてひとつなのか」という話だけで2ページ分書ききっていて妙な可笑しみがあり、その後に刊行された単著『転職ばっかりうまくなる』を即購入して読んだ。これも面白い本だった。

新しく出会ったのは、存命の作家だけに限らない。目下の興味は大江健三郎だ。2023年3月に亡くなった大江について、群像5月号で追悼特集が組まれ、それ以外にも一年を通して様々な箇所で大江健三郎の名前を見かけた。僕は大江健三郎について、代表作のタイトルぐらいは知っていたものの、小説自体を読んだことはなかった。「せっかくだから、実際の作品にも手をつけたい」と考えていたところ、随分前に岩波文庫の『大江健三郎自選短篇』を買って、そのまま積みっぱなしにしているのを思い出した。
年末年始に帰省する際、青春18きっぷで鈍行を10時間近く乗り継ぎ、その間のんびり読書するのを恒例にしている。2023年末の帰省では持っていく文庫本のうち一冊に『自選短篇』を選んだ。電車に揺られつつ、初期短篇から順に読んでいく。「奇妙な仕事」「死者の奢り」「他人の脚」「飼育」「人間の羊」……。そのどれもがあまりに面白くて、一作読み終えるたびに軽くのけぞった。こんなに面白い本をずっと部屋の隅に放置していたなんて! おそらく群像を読んでいなければ、『自選短篇』は更に何年も積ん読のままだっただろう。「群像一年分」はその後の読書生活にもしっかり影響を及ぼしている。

この一年間の群像読破チャレンジは、普段の読書とはどこか感触が異なる体験だった。

通常の読書では、自分で選んだ本を好きなように読み進め、いくら飛ばし読みしても中断しても構わない。何もかも僕の自由だ。しかしそれは、僕という人間ひとりの範疇に収まる自由でしかない。読む本を好きに選べるといっても、自分の視界の外にあるものは最初から選択肢に入らない。知見を広げるため、他人が勧めてくれた本や、雑誌・SNSなどで紹介されていた本を手にすることもある。だがそれだって、レコメンドによって自分の興味が喚起されてのことだし、読むか読まないかの最終決定は依然として僕が行なっているのだ。主導権はいつも僕=読者側にある。
群像一年分を読むにあたって、僕は「自分の興味や好みとは関係なく」「掲載されている文章をすべて」「刊行に遅れをとらないよう、一ヵ月一冊ペースを目指して読了する」というルールを設けた。この制限により、僕は読者としての主導権を群像に託している。どんな内容の文章を読むことになるかは、群像が届くまで、あるいは実際にその文章を読むまで分からない。そんな状況を設定したことで、自分の範疇の外にあった未知との遭遇が起こり、普段とは異なった面白い読書体験ができたのではないだろうか。

急いで付け加えるが、市川沙央『ハンチバック』をきっかけに世間的にも意識にのぼり始めた「読書バリアフリー」の観点について、考慮しておく必要がある。様々な理由により、既に読書への障壁に直面している人からすれば、「自由を制限することで、未知との遭遇が起こる」なんて、能天気な言い分だと思われるかもしれない。あくまでこの一年の個人的な体感の話として、ご容赦頂ければありがたい。
ただ、「観客の自由を一部制限するような鑑賞体験(映画・演劇など)と、読書体験との間で生じる差異」については、個人的に少し前から気になっていたので、この一年で得た感触のことは引き続き考えてみたいと思っている。

最後に謝辞を。

僕が群像についてツイートしたりnoteを書いたりすると、SNSのフォロワーさんたちが色々な反応をくれてありがたかった。実際に会う機会があると、「群像の進捗はどうですか?」と声をかけてくれる人もいて、そのたびに僕は嬉々として「「磯崎新論」が手ごわくて~」などと喋ったはずだ。相互フォロワーでゾンビ映画仲間でもある武塙麻衣子さんが、12月号にエッセイ「スナック涼のこと」を寄稿し、文芸誌デビューを飾ったことも嬉しい驚きだった。この一年も佳境に入ってくると、最新号の発売日が近づくたび、表紙画像が解禁されていないかAmazonの商品ページを確認するのが、毎月のルーティンとなっていた。12月号の表紙が公開され、どんな人が寄稿しているのかチェックしようと画像を拡大したとき、不意に「武塙麻衣子」の名前が目に入って飛び上がりそうになった(会社内だったので抑えたが)。皆さんが見守ってくれたおかげもあって、何とか一年を走りきれたように思う。

この記事を絶対に読んではいないと思うが、毎号僕の家まで群像を運んでくれた郵便配達員さんにも心の中でお礼を言いたい。以前も書いたが、再配達を依頼した日に限って大雨で、毎度「申し訳ないな~」と思いながら封筒を受け取ったのだ。

そして、毎月、質・量ともに重厚な雑誌を作り上げ、僕のもとへ送っていただいた群像編集部の方々へ。一年分、全部読みました。当選者に選んでいただいたおかげで、本当に面白い一年でした。

この一年を僕にプレゼントしてくれた皆さんに、最大限の感謝を贈ります。


さて、群像一年分を読み終えたところで、僕の部屋にはまだまだ、積ん読の塔が建ち並んでいる。部屋を出れば、世界にはほとんど無限に近い冊数の未読本がある。

次の一年が始まる。本を読もう。

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