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027.落語鑑賞入門―ネタのあらすじを知るより、好きな落語家を見つけることが大切だという話―

「昭和元禄落語心中」などのコンテンツや初心者向けを標榜する「渋谷らくご」の影響もあってか、じわじわ若いお客さんが増えてきている落語。僕も落語が好きなことを公言しているので、たまにオススメを尋ねられることがある。「誰を聞けばいい?」とか「どこに行けばいい?」と聞かれる分には勧めやすいのだけど、「どの演目が初心者向き?」と言われるとちょっと困ってしまう。

どうやら、落語をこれから見始めようという人の中には「楽しむためには演目のことや背景知識を知らなきゃ」と考えてしまう人がいるらしい。その思い込みのままで作られた、落語のあらすじや江戸時代の豆知識を列挙しただけの「落語入門本」も結構出版されている(最近は減ってきているけど)。
ただ、個人的には「演目をたくさん覚えるくらいなら、まずは好きな落語家を一人見つける方がいい」と声を大にして言いたい。

というのも、落語は「同じ演目でも演者によって大きく変わる芸能」なのだ。
古典落語を音楽で例えると「昔からの名曲を、たくさんのアーティストがカバーしている」という状態に近い。同じ曲をカバーするにしても、人それぞれアプローチが異なる。シンプルに演奏するアーティストがいれば、パンクロックのように激しくアレンジするバンドもいるだろう。あるいは他の曲とリミックスしたり、歌詞を書き変えたり、間奏を長めに演奏するアーティストもいるはずだ。
落語も基本的には同じ。ひとつの演目でも人によって、話すテンポや声質、演出やギャグが変わる。場合によってはオチが違う場合だってある。同じ演目なのに、こっちの落語家では面白く感じて、あっちの落語家では退屈に感じる、というのはよくあることだ。
こう書けば、「落語を見る前に演目を知っておかなきゃ!」というのは、「ライブに行く前に楽譜を読まなきゃ!」と言っているのと同じ、妙な理屈だということがわかってもらえただろうか。
また、そもそもの話になるが、落語は一部の会を除いて、事前に何のネタをやるか告知しない。これは、落語家が当日のお客さんの空気や会の流れなどを考慮して、その場で演目を決めるケースが多いという事情があるからだ。そのため、演目を先に知っていたとしても、見たいネタを狙って落語会にいくというのはなかなか難しく、結果的に「演目は知ってるけど結局、誰を見に行けばわからない」という状態に陥ってしまう。

音楽だって、誰もが最初はアーティストや曲を好きになり、そこから興味が広がっていくもの。「最初はスピッツとかをよく聞いていたんですけど、次第に聴く範囲が増えていって…」という人はいても、「特に誰というわけでもないけど、いきなりJ-POP全体が好きになったんです」という人はいないはずだ。
それと同じで、落語も最初は好きな落語家を見つけて、そこから少しずつ興味を広げるのがいいと思う。

最近は演者にフォーカスを当てた落語紹介本も出てきているし、前述した渋谷らくごのように初心者向けの会もある。Spotifyに落語の音源が結構あるのでそこから好みを探ってもいいだろう。
伝統芸能だから、と構える必要はない。例えば、好みのバンドを探すような感じで、自分の好きな落語家を見つけてもらえるといいなと思う。


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