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地球の丸みを感じたことがあるか

こんにちは。お元気ですか?

私はかなり元気です。どこにも行かなくていいことがすこぶるありがたく、気持ちがここ数年で一番いいコンディションだと思います。ありがとうございます。同じ側だと思っていたインドア派の友人どもが最近もっぱら次々とお出かけができないことについての愚痴をツイートしていてがっかりです。きみら、エセやな~

というか、困難に陥っている友達を思うと大きな声で言うのは憚られるのだが、最近本当に調子がいい。すべきことをせず、ゆくべきところへゆかず。良い。しかしそれより、だれとも対面しないことで、心の中の対人コミュニケーション黒歴史工場が生産ラインを停止したのが一番大きい。営業自粛です。本工場の稼働再開の見込みはありません。長年のご愛顧ありがとうございました。(こういうよからぬ比喩をつかうとブログ黒歴史工場が営業再開するかもしれない。本記事タイトルにもそういうよからぬ香りがする)

とはいえ、留学先のお勉強の残りとこちらの大学の始まりが重なってけっこう忙しいので、ことはそう単純ではない。もっと時節を活かしてコンテンツ豪遊をしたいところだけども、後ろ倒しになった山のようなエッセイをやっとこさ終えたと思えば学期末試験が迫り来ているので大して気が抜けない。何より悲しいのは留学先で切磋琢磨していた学友がそばにいないので、長期的モチベーションを持続するのがとても難しいこと。こっちの同期はみんな就活で忙しそうだしね


ということで、集団的モチベーションに頼ろうと思って、いつも見ている掲示板でたまたま募集がかかっていた「バーチャル図書館」というディスコードグループに初期メンバーとして所属することにしました。これはロックダウン下で勉強に集中できないイタリアの薬学部の女の子が先月立ち上げたグループで、同じく世界中の大学や高校が休みになり、構内もカフェも使えずにひたすら部屋の机に向かわざるを得ない中、”図書館の自習室で一緒に勉強しているかのような空間” をメンバーで共有することで日々の勉強のモチベーションを保とうと試みるサーバーである。


「ディスコード」という私たちが使っているサーバーは、もともとオンラインゲームを一緒にプレイする際にプレーヤー同士が集ってコミュニティを作るために作られたサービスで、「カフェ」「ロビー」「本棚」と名付けられた目的別のチャットルームと、「自習室」なるビデオ通話のルームがある。ここを拠点に、掲示板を通じて集まった5~60人の学生たち(と、資格勉強をする社会人が何人か)がその国のタイムゾーンに合わせて入れ代わり立ち代わり勉強時間にログインする。メンバーはまだちらほら増えつづけていて、毎日「司書」と呼ばれる数人の管理メンバーに変質者じゃないよ~という承認を貰った学生たちが自己紹介をしてサーバーの仲間入りをしている。

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それでみんなでテレビ通話機能を使って、勉強している手元の机とか、授業を受けたりコードを書いているスクリーンを中継する。プライバシーのため顔出しは禁止だし、カメラはオンにしなくても構わない。そこにいるだけで数合わせでもちょっとにぎやかしになるからね。最近日本でもズームで友達同士一緒に勉強してる人たちいますよね。あんな感じ。


そういえばここに属する前はStudy Beastっていうログインいらずの野良ズームみたいな勉強サーバーをしばらく試してたんだけど、セキュリティチェックがなかったので時折やばい奴が現れては誰かしらに気づかれ次第BANされていたことを思えば、今のサーバーの環境は見違えるほど安全だ。あそこはすごかった。定期的に露出狂が現れたり、ひたすらセルフミュートせず何語かわからない言葉で画面の向こうからこちらに話しかけてきたり、勉強せずにずっと目を見開いてカメラの方を見ているやつなど、世界ヤバげ選手権みたいな感じだった。

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米法学徒のやることリスト

だいたい私が活動する日本時間の日中はアジアとオセアニアの学生たち、たとえばインドのエンジニア系学生や大学入試を控えた中国の高校生、オーストラリアの看護学部生とログイン時間がかち合う。日本からももう一人生物学部の女の子が来ていて、教科書やラップトップを開いてそれぞれの勉強に励んでいる。気が乗れば有志でポモドーロ法(25分集中して5分休み)という共有タイマーをセットしたりして、休みの間にはたまにその場の数人で他愛もないチャットをしたり「ラウンジルーム」にてちょっとした音声通話をしながらリラックスしたりする。学校の休み時間に席の周りの子たちとしゃべるような感覚だ。

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勉強のセッションの他に、おすすめのウェブサイトとかやる気を出す方法を紹介する置き場だとか、メンタルケアのアドバイスだとか、手を尽くしてお互いに集中を切らさないよう、でもストレスで燃え尽きないよう、各自が有志でなにかしら提供してサーバーをにぎわせている。スクリーンの観すぎで目が痛いよね、っていう今のみんなのお悩みあるあるから、ロックダウン下の各国の政治をあれこれ比べてみたり、試験が迫っている恐怖から全然勉強に集中できない、なんて一世一代の問題まで、投げかければすぐにアイデアが返ってくるし、励ましもすぐに飛んでくる。

メンバーの分野のバラエティもすこぶる豊かなので、国境をはるか越えて先輩学生が下級生に勉強を教える様子もちらほら伺える。脳科学の学位を取得したシンガポールの大学院生が生物で困っているフランスの高校生にノートをシェアしたり、同じテキストを使っている薬学部生同士が時間を決めて教科書の読み合わせをしたり。行き詰まって卒論の章立てのアイデアを募る不埒な修士もいる。似通ったタイムゾーンの学生同士は同じ時間のログインを約束して、ちゃんと現れないときは起こし合ったりしている。私もイギリスの学生に留学先に提出するエッセイの校正を頼むかわりに、日本で勉強している生物学部の女の子にときおり休み時間を合わせて日本語を教えている。


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ここでは英語がリンガフランカだ。ほぼ全員の学生が英語の他に母語を持っているけれども。テキストベースで進行するチャットルームは、アクセント以外にも国籍ごとの英語の特色をなんとなくあらわにする。シングリッシュと呼ばれるシンガポール特有のスラングやインド英語独特の文の組み立て方、地域差の出る単語の略し方、笑い方にはlolのほかにskskskなんてものがあることをここで初めて知った。

こういう場では英語に「英国英語」や「米国英語」のような正解は決してないのだと肌で実感する。ある程度意思疎通に必要な文法と語彙さえあれば、こういう国際色のある空間では、自分の好きに文を組み立てて思い切りしゃべってしまえばそれが個性かお国柄だと思われるので、英語の厳密な失敗を過度に恐れる必要はあんまりないのだ。(これは留学先であんまり気づかなかったこと…)


ただ一緒に手元を中継し合うだけでなく、ディスコードは通話ルームにユーチューブから引っ張ってきたプレイリストをかける機能もついている。プログラマー志望のスコットランドの学生がBOTを組み込んでくれた。
耳さみしいときは誰かのお気に入りのローファイミュージックを聴きながら、壁一枚をへだてて自分の部屋が同じ音楽の流れるどこか別のところとつながっている想像をする。朝起きてログインすると、今しがた寝る時間になったヨーロッパの学生たちにお互いおやすみとおはようを交わし、眠りについた彼らが待機列から消さずに放っておいた残り香のようなプレイリストを流しながら、カメラとテキストを置いて脳をチューニングする。つい飽きそうになるとアジアとオセアニアのみんなでなんとか励まし合って一日のToDoリストをやっとこさ全部消し、夜にはあちらで起きたばかりのアメリカの学生たちに引導を渡して、オンライン授業を終えて再度ログインしてくるヨーロッパの子たちに励ましをかけたあと、明日の朝にはまた来るねと次の日の同士に向けてチャットログを残す。


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ステイホームを謳歌しながら、なんだかんだコミュニケーションに飢えているし絆されている。机に向かいさえすれば誰かが必ずいてくれるという安心感から来るモチベーションは、どうやらこういう事態だからこそ、私にはなくてはならなかったらしい。家の中でも、世界は広いね。この世界的な危機のさなかに、われらオンラインの新世代が、同じ目的を持ったインターネットの新しい共同体の場を通じて、いままでにはなかった形のコミュニケーションをそれぞれの学問に向かって存分に活用するまったく新しい社会に、私はもっぱら参与している。

「世界標準時刻で15時から始めるよ、誰か一緒に勉強セッションする?」「ちょっと離脱するね、イランはこれからお昼ごはん」「1時間昼寝してくる。17時にはマジで起きて帰ってくるから」なんて会話が絶え間なく飛び交う中、少しずつ時差の肌感覚と一緒に、それぞれが何時間離れた国に住んでいるのかがいちいち日本の時刻に計算し直さなくても身についてくる。東から西へ、狂いなく順番に朝を迎えて夜を迎えて、たとえ同じ月を見上げられなくても、同じ机を遠く一列に並べる。その大きな大きな輪に、なんだか地球の丸みを感じるのです。


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