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「ただの夏」と『台北暮色』

8月に岩手県盛岡市のCyg Art Gallaryで開催されるArt Book Terminal Tohoku 2019に出品予定のZINE「寶島電影院」のボーナストラックとして書いた文章を、全文公開いたします。

岩手県釜石市出身のシンガーソングライター、青羊(あめ)のソロユニット「けもの」の最新曲「ただの夏」MVは全編台湾ロケ撮影だ。
いまどきは日本のアーティストたちも台湾に渡ってライヴをしたりする世の中であるので、若手アーティストの台湾ロケMVなどはもう珍しくないのだが、これに注目したのは彼女が地元出身のアーティストだからという理由ももちろんある。もう一つの理由は、このMVに2017年の台湾映画『台北暮色』の影響があると彼女自身が公言していたことだった。

『台北暮色(原題:強尼・凱克)』は侯孝賢(ホウ・シャオシェン)のスタッフを長年勤めてきた黄煕(ホアン・シー)監督のデビュー作で、2年前の東京フィルメックスにて『ジョニーは行方不明』という題名で上映。舞台はダウンタウン台北のアパート、そこに住む香港から来た若い女性(リマ・ジダン)、アパートのリノベーションを手がけるアラフォー男性(クー・ユールン)、アパートの大家の息子で発達障害を持つ青年(ホアン・ユエン)の3人を中心にした人間模様を描く映画だ。
大都市台北で生きる若者たちの孤独は80年代以降に登場した台湾ニューシネマで描かれるテーマの一つともなり、今は亡きエドワード・ヤンや、90年代の台湾映画界に登場した蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)によって描かれている。留学がきっかけで台湾に行き始めた頃に観た時には衝撃を受け、開発が進んで煌めく台北にも言いようのない孤独を抱えた若者たちがいて、胸が痛くなりながらもグッとひきつけられて観ていた。

『台北暮色』の主人公たちもそれぞれに孤独ではあるし、人と交われない難しさを抱えている。だけど先の作品群より胸が痛くなることもなかった。それはこちらがあの頃より歳を取ったこともあるが、主人公たちが苦しみながらも人と触れ合うことに絶望せず、なんとか手を取り合って気持ちを分け合って前を向く姿が描かれていたことにホッとしたからだ。リマ・ジダン演じるシューとクー・ユールン演じるフォンが夜の高架道路を疾走する、クライマックスからラストにかけての印象的な場面に、その思いがこめられている。

「ただの夏」ではその場面に登場した高架道路で撮影されていて、見たときは思わずにんまりしてしまった。青羊嬢もスタッフも、おそらくあの場面に何かを感じ取ったはずだと。もちろん彼女と面識はないけれど、あの映画について話してもらえる機会がどこかであればいい、そして音楽と同時に映画にも関心が寄せられるといいな、と思ったのであった。

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