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「母性性」で娘たちを包みたい。

ボクには3人の子どもがいる。10歳(娘)、5歳(娘)、4歳(息子)だ。

そんな子どもたちとすごす時間が少しずつだけど、楽しくなってきている。

ボクはもともと娘たちと過ごす時間がしんどかった。それは、できるなら一人で過ごしていたいという思いをのほうが、子どもと過ごすときの楽しさよりも優っているからだ。

でもね、そんなボクが少しずつ娘たちと過ごす時間が楽しくなってきている。その変化を起こしたのは、「母性性」を大切にするという精神科医の佐々木正美先生がおっしゃている言葉だ。

娘たちの「してほしいこと」を娘たちの願うままに叶えること、それがボクは母性性だと理解している。その意味が少しずつ腑に落ち始めている。

「絵本を読んで」と言ってきたら「いいよ」と言い、もってきた本を、息子を膝に乗せたり、一緒に横になりながら読む。息子がページをめくったら、めくった先のページを読むし、「ここ読んで」と言ったら、ストーリーとは関係なくっても読む。読み終わって「もう1冊よんで」と言ってきたら「うん、いいよ」と言って読む。

5歳の娘も「折り紙しよう」と言って、折り紙と本を持ってくる。それを一緒になって折る。娘は一緒におってほしいので、娘のペースに合わせて折ることになる。「ちょっと待って」と言われたら待つし、「ぱぱ、ここわからん」と言われたら、そこを何度も本人がわかるまで繰り返す。

長女は、脱いだ服をボクに投げてきて、「ドッジ服」をしようという。ドッジボールの服版だ。それを家中かけまわってする。何度も何度も当てたり、当てられたりを繰り返す。すると、結構あっという間に、娘は「もういい」と言ってお風呂に入る。

そんなふうに娘たちの希望にそのまま応えるようにしている。そうしてみようと思って、ちょっと無理をしてでも行なっている。本当は、無理をするっていのうは苦手だ。無理をしてすることにいいことはないと、思っている。

だからボクは、これがずっとできずにいた。それよりも、子どもたちが3人もいるんだから、子どもたちどおしで遊んで欲しかった。遊びよりも、お風呂に入ったり、寝る準備をするといった社会性のようなものを身につけて欲しかった。

子どもたちの社会性と、それらしい言葉を使っていた裏には、自分が楽をして一人の時間を持ちたいという気持ちもあった。子どもが自分達だけでお風呂に入ってくれたら、その時間は自分の時間にもなる。

でもね、それは無理だとわかった。子どもたちに社会性をという前に必要なものは母性性だ。つまり、子どものしたいことに、とことんボクが応えて、子どもの心の中に愛情欲求を受け止められたという感覚が必要だ。

児童精神科医の佐々木正美先生はこうおっしゃっている。

母性的な愛情・愛着をたっぷり浴びた子どもは一歩成長し、他の人との関わりを求め始めます。そこでルールやマナーを覚える段階に入りますが、お母さんに愛情欲求を受け止められてきた子どもは、周囲の要求を自然と受け入れることができます。
「人を叩いてはいけないよ」「順番を守って遊ぼうね」と教えると、比較的すんなりと指示に従うことができる、つまり父性性が伝わりやすいと言えます。大事なポイントは、母性性が子どもに十分に与えられた後でないと、父性性は伝わりにくいということ。
両者のバランスではなく、「先に母性、次に父性」という連続性が、子どもの健全な心の成長には重要です。

下記サイトより引用

ボクは、こどもに母性性を与えられていなかった。そこを飛ばしていきなり社会性を教えようとしていた。伝わるはずはない。

そのことは今までも本を読んでいて知ってはいた。でも、それを実践していなかった。自分が早く楽になりたい、娘たちに早く社会性を身につけてほしかった、そんな理由で、母性性を全く重要視していなかった。

子どもの居場所づくりをしていて、出会う子どもや、親子を見ていたり、しんどさを抱えている子どもの話を聞くと、塾に行きたくないのにも関わらず週5で通っていたり、家族が厳しかったりする家庭がある。自分の思いを親に応えてもらえていないことに気づく。

子どもの頃は優等生だったのに、ある年齢になったとき所謂ひきこもりになったという人もいる。そういう話を聞いていると、子どもたちは順番を飛ばしては成長できない、1つずつだ、まずは母性性で子どもを包み込む段階が必要だと感じる。

物分かりのいい子ども、大人みたいな子どもはもしかしたら、小さい頃に満足できていない気持ちをどこかのタイミングで取り戻すときがくるのかもしれない。

いろんな出会いの中でボクは、いまどんなにしんどくってもちょっと無理をしないといけなくっても、娘たちに母性性を与えたい、そう思えるようになった。彼らと出会って話をきかせてもらえているボクにできることは、それだと思った。

そうすると不思議だ。娘たちが可愛いと思えるようになってきた。もちろん、娘たちの思いに応え続けるのは、しんどい。ときには、断って自分の時間を持ちたいと思うこともある。でも、それをぐっとこらえて、子どもの時間を一緒に過ごすと、娘たちがとても、穏やかで嬉しそうにしてくれているのに気づく。

その感覚を繰り返すことで、娘たちの希望に応えることが少しずつしんどくなくなってきている。

ぼくは、このことをいま子育てをしている人に勧めるつもりはない。これは、ボクがたまたま上手くいっているだけで、とっても個人的なことを他人に勧めるのは違うと思っている。

でもこのことは、これから子育てをする人、いま子育てをしている人がどこかで読んでくれたらいいなと思ったので書いておきました。

参考文献: 子どもへのまなざし (福音館)


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振角 大祐

5年前に、自分の子育てのしんどさを何とかしたくて、びわ湖のほとりで子どもの居場所づくりをはじめました。「ありのままの自分を受け止められるために、弱さを認められる環境をつくりたい」が僕のミッションです。NPO法人わっか共同代表、3児の親、趣味は編み物
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