見出し画像

おいしいご飯。

かもめ食堂を久々に見返して、心に残った言葉が2つある。

1つは、

店主のサチエさんがお父さんとの思い出を喋る部分で、お父さんがサチエさんに言った「おにぎりは自分で作るより他人に作ってもらったほうがおいしいんだ」

もう1つは、

マッティという元珈琲屋のおじさんが、サチエさんに美味しい珈琲を淹れるコツとして言う「コーヒーは自分で入れるより人に入れてもらう方がうまいんだ。」

ぼくね、妻の実家に帰省した後、たいてい体調が良くなる。疲れが取れている感じがあって、「これって、家事もご飯も掃除もしなくてよかったからだなあ、至れり尽くせりの時間、ありがたいな」と思っていたんだけど。

そんな「やらなくていい」じゃ、ちょっと違うのかなって気づいた。

それは、

「おにぎりは自分で作るより他人に作ってもらったほうがおいしいんだ」
「コーヒーは自分で入れるより人に入れてもらう方がうまいんだ。」

という言葉にふれて、ああ、妻のお母さんに、朝ごはんをご飯を作ってもらったり、飲み物を出してもらったりすることが、ボクの心を満たしてくれていたんだなって思った。

何かを美味しい、うまいって感じるには、もちろん味も大事なんだと思うけど、気持ちが満たされているかどうかも関わっていると思う。もしくは、気持ちが満たされていく、そのご飯を食べることで自分が大事にされていると感じる(もしくは感じられる)ということも関わってくるんだと思う。

というか、美味しいと感じるのって、味、気持ち、建物、ひと、もっといろんなものの組み合わせなんだと思う。それはね、いろんな子どもたちとご飯を食べているときも感じる。

「家では全然野菜食べないのに、ここでは食べる」
「家ではこんなにたくさん食べないのになあ」

いろんな子どもたちとお昼ご飯を食べる中で、こんな親の声を今までたくさん聞いてきた。

ときどき、どんな材料や、調味料を使っているのかと聞かれることもあるが、カレーのルーは『バーモンドカレー』だし、野菜ももらったものやスーパーで売っているものを使っているだけだ。だから、特別なものはない。

「みんなと食べるから楽しいからかな」というのが、いつも、その場での大人のだす結論になるんだけど。これって本当にそうなんだろうなと思う。

きっとみんなで食べると楽しいから、食べ物も美味しく感じてどんどん食べるんだと思う。だって、そうじゃないといつもより、たくさん食べることってできないんだと思う。子どもってわかりやすい。こういうところは面白いくらいわかりやすくって、美味しいものなら、いくらでも食べる。でもそうじゃないものは、全く手をつけないもん。

一緒に遊んでいた友達と一緒にご飯を食べる、そしてそこには友達だけでなくって親もいる、そりゃあ年齢の小さい子ほど楽しくって、食べてしまうよね。

美味しいって人を幸せにする。でも、その美味しいを感じるのは、食べ物の味だけではない。

自分で作ったか、作ってもらったか
好きな人と一緒に食べているか、いないか
安心できる環境かどうか

そんないろいろが混ざっている。そして、美味しいを感じるときは、自分にとって心地いいが組み合わさっている環境なので、後から心も満たされるんだと思う。すごいね。

そんなことを書いていたら外が明るくなってきた、家族のご飯を作る時間だ。さあ、ご飯を作ろう。


この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

いただいたサポートは、子どもがほっとできる場づくりの活動資金にさせていただきます。みなさんのサポートが活動を支えます!

スキを押してくださり、ありがとうございます!
1

振角 大祐

5年前に、自分の子育てのしんどさを何とかしたくて、びわ湖のほとりで子どもの居場所づくりをはじめました。「ありのままの自分を受け止められるために、弱さを認められる環境をつくりたい」が僕のミッションです。NPO法人わっか共同代表、3児の親、趣味は編み物
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。