M-1グランプリ2019

今年も友人宅でM-1グランプリを鑑賞後、関連するネット番組を見ながら一人帰路についていた。

ふとTwitterのタイムラインを覗くと「今回はレベルが高かった」という感想がTL上に溢れていた。

この感想が生まれた理由は二つあると思っている。

一つは10組中7組が初出場ということ。

M-1 2004の南海キャンディーズやM-1 2007のサンドウィッチマン、M-1 2008のオードリーなどテレビでの露出も少ないコンビが出た時の爆発力は過去の経験が物語っている。

視聴者側に「今年もさぞかし面白いんでしょうね」というハードルが設定されず、「テレビで見たあのネタがよかったのに」「去年のほうがおもしろかったな」みたいなうっすらした評価軸も持たれない。だから、緊張に打ち勝つ必要はあるけれど初出場は有利に働くことが多いと思っている。

ーなぜ今回初出場が多かったか?

今回、準決勝は大会初の試みとして全国の映画館でライブビューイングされた。そのことで、会場に行くことができなかった人たちは「結果」を受け取るだけだった決勝進出コンビに対して、「意見」を持つことができるようになった。そのため、テレビ番組として、ファンも多く視聴率を確約してくれるであろう常連勢を無難に選定するのではなく、「ウケの量」という準決勝の観覧客に対しての明確な選定理由が必要だった。この状況の変化によって単純にあの日面白かったコンビが決勝に出場でき、結果として初出場のコンビが増えたのだと考えている。

レベルが高かったと言わしめた二つ目の理由はニューヨークの存在だ。


〇ニューヨークが大会の空気を作った

ニューヨークがM-1グランプリをお笑いの空気にしたことで、視聴者の笑えるスイッチをONにし、「今回はレベルが高かった」と思わせることに成功した。

ネタはニューヨークらしく世の中に出回る応援ソングをうっすらと馬鹿にした毒のあるもので、ボケも「MVの米津」「パプリカの子供」など審査員に迎合せず若い人にもウケるようなネタを披露した。観覧のお客さんは、ちらっと映った感じでは年齢層が若く見えたので、そういった年齢層には刺さるネタだったのかなと思う。このネタで会場に観覧に来ていたお客さんは温まった。

経験者ではないけれど、歌を歌いながらツッコミを待つボケも、歌のリズムを崩さずに時間内に突っ込むツッコミも相当難しいと思う。

特に凄いのは女の人が歌いだすボケで「ねぇちゃんとご飯食べてるの?たまには実家に帰ってきなさい」というお母さんであることを明かす歌詞までの間にちゃんとフリも入れつつ時間内にツッコミ切るところが完璧だった。

さらに良かったのは松本さんが審査で辛い批評をした時の返し。

普通は辛い意見を聞くと、観覧のお客さんにも緊張感が走る瞬間があるが、あそこで落ち込むことなく「最悪や!」と言うお笑い100%の返しをしたことで緊張感を持たせないことに成功した。完全に松本さんの「笑いながら突っ込むのが好きじゃない」というコメントはボケで言っている空気感ではなかったが、「最悪や」と反応したことで「お笑い」になった。あそこの切り替えしがM-1にもたらした恩恵は大きかった。

普通何年もかけて出た漫才で自分のスタイルが否定されたら言葉を発せないくらいに落ち込むと思う。あそこで反応できた屋敷さんは本当にすごいし、その後の敗退コメントなどもその軸で大きな笑いを生んだ。

完璧な負けっぷりだったからこそ、M-1は「面白い」空気のままかまいたちに推移していった。
色んな芸人さんが各メディアでニューヨークを褒めているのは、M-1を「テレビ番組」として盛り上げた功績があるからだと思う。


〇かまいたちはただただ達者だった

キングオブコント王者でもあるからか、しゃべくり漫才ではあるがお互いの演技が完璧だった。
山内さんが本当にやばい奴、話が通じない奴になり、濱家さんは本当に困惑する演技をする。
だからこそ視聴者は感情移入がスッと出来て、山内さんの一言一句に笑ってしまうのだ。
さらにネタの中盤で舞台を広く使うことで視聴者を飽きさせない。

また、「言った」「言ってない」の口喧嘩1本だと飽きが生まれてきてしまうが、「どう乗り切る気?」「もし謝ってこられてきてたとしたら認められると思うか?」「こっち見ろや」「何かしゃべろう」と言うキラーフレーズがあったり、「お前がサランヘヨって言ってたから」と「言った」「言ってない」の口喧嘩をもう一度なぞったりすることでお客さんを飽きさせなかった。

ツッコミの温度、ボケの演技、漫才中の動き、キラーフレーズ、「UFJ」は後世に語り継がれるネタになったと個人的に思う。

その後、漫才後のコメントでニューヨークに対する「ツッコミがへらへらしない」みたいな指摘が「お笑いの」軸となって残っていたところも見逃せない。


〇和牛はコント漫才をさせたら誰も追いつけない

普段の会話から、急に不動産の営業になるというコントの入り方一つを取ってもコント漫才へのこだわりが見える「不動産」というありがちな設定の一本。

ボケは「人が住んでるところを紹介する」という一点だけなのに、場面の展開+『「お邪魔しました」は誰か住んでるやん』、『「お邪魔します」って言ってるやん』という最初の家でのボケがフリになっていて、川西さんが「お邪魔しました」と言った時、視聴者は「お前も言うんかい」と心の中で突っ込んで笑えてくる。ボケは一つであるが、場面展開のところでそのメカニズムを生んでいるので面白いまま話は進んでいく。

洋館に入った後、「人が住んでいないところ」に来れたところで川西さん側がクレイジーになって笑えているのも前半のフリが効いているから。

一つの漫才で二つの場面展開を入れて、それでいて前半部分をフリにする凄いネタだった。和牛はどこまで成長するんだと感心すら覚えた。


〇すゑひろがりずはM-1の可能性を広げた

音モノを持ち込んだ漫才は、「かまいたち」「和牛」という絶対的強者の後という出順において笑いの量では負けない唯一のコンビだったのではないかと思う。

あそこまで色物だと、観客も前半の漫才コンビとは別目線で見るし、笑いのを取るところも和牛やかまいたちとは完全に別のところで笑いを取る。
最近の遊びを古風な言葉でなぞることで「あの事を言っているんだ」と理解ができる。また、「関白遊び」の時の「関白だーれだ?」という大きい動きをすることで視聴者は頭の中で「王様ゲームのことか」と答え合わせができ、そこで笑いが生まれる。

個人的に好きなのは「君は誰そ?」と突っ込んだ時の三島さんのポーズ。戯れのところも鼓を叩いた時に敢えて変なポーズを取ることで、一種のジングルに見せるところが上手いなと思った。


〇からし蓮根はフリが上手

からし蓮根に対して松本さんがツッコミが怖いと言ってたが、最後のボケはその怖いツッコミがフリになっていたと思う。
漫才の中で一番のウケだった車で小突くところだが、あの前にツッコミの杉本さんが教官として罵詈雑言を浴びせる。
そのことで視聴者には「かわいそう」「そこまで言う必要ないのに」と思いが生まれ、そのモヤモヤをスカッとさせるトリガーになったのがあの小突きのボケだった。
スカッとする感覚は笑いにプラスに働くことが多く、今回もそのパターンを利用していたのでフリを上手く効かせたなと思った。
また、M-1の反省会でも千鳥の大悟さんが「車で小突かれるんが一番ムカつく」と言っていたが、「キレて追いかけ回す」ことに共感が出来るアクションだったからさらに笑いが大きくなった。
共感もまた笑いに繋がるのだが、それは昨今のあるあるネタが証明している。
このようにネタがもっと面白くなるようにフリを丹念に作るテクニックがあり、年齢も若いので、来年も期待できるコンビだった。
すゑひろがりずの後に正統派漫才をするところで刺激が薄いように見えてしまったところがあると思っており、順番が悪い方に働いてしまったので、次回は良い順番で見てみたい。


◯見取り図はその外見を活かした

去年M-1に出たことでテレビにも少しずつ露出してきたこともあるのかもしれないが、双方の外見の相違を活かしたネタを選んできた。

構造としてはツッコミの盛山さんの容姿の的外れなプレゼン→小競り合いからのアニメの例えツッコミ→けなし合いというパターンが2セットの中にダンサーのTSUNAYOSHIという伏線が引かれたものだった。

いざ説明すると単純な構造なのに、2セットあることですべての下りが新鮮なものに思えてしまうところが上手く作りこまれていて、目まぐるしく笑いがちりばめられながら気づいたら伏線の回収で笑ってしまういいネタだった。

特に外見の例えが全部ハマっていて、特に「弱めのバチェラー」「あおり運転の申し子」のウケが大きかった。ただ、その中でリリーさんの見た目をけなす例えで「女子のすっぴん」というワードが出た後に続けて言った「なでしこJAPANのボランチにおらんかった?」という少し毒のあるボケに対してウケが減ったのが気になった。

もしかしたらこのタイミングから視聴者はどこか「毒のない笑い」を待っていたのかもしれない。


◯ミルクボーイは言葉選びが達者だった

誰しもが通ったことのある道であり、かつ誰もいじったことがなかった「コーンフレーク」を題材として選んだことから笑いが確約されていたのかもしれないが、つかみ以外の最初のボケが「まだ寿命に余裕があるから食べてられる」という誰も引かない絶妙な毒だったことから観客側も「あ、この人たちは面白い」と笑う準備をしてくれたことがあると思う。

あの最初のボケの面白さを下回らない仕掛けとして「まだ朝の寝ぼけてる時やから食べてられる」という「食べてられる」かぶせだったり、「パフェの嵩増しに使われてる」「栄養素の五角形が大きい」「生産者の顔が浮かばない」というあるある、「中華の回転テーブルで回したら飛び散りそう」という観客の頭にイメージさせて笑わせたり、1つのネタのなかに笑いを生むロジックが何種類も組み込まれていて、単純な行ったり来たり漫才ではない完ぺきなネタだった。

あと準決勝で使っていたが、ウケも少なかったコーンフレークをお笑い芸人に例えるくだりをカットしているところも勝ちたい思いが伝わり、優勝するかもなと思った瞬間だった。


◯オズワルドのツッコミは新しかった。

オズワルドは予選のネタの下りの中でボケの畠中さんが会話をすっ飛ばす下りをした時に、視聴者が想像できる「俺の話聞いてた?」というツッコミを裏切って「俺何かしゃべってた?」と返したときに新しさを感じていた。

決勝のネタでも「え!いいの?」という急なボケに対して「俺1ターン会話聞き逃してる?」と返す。

ボケに対してツッコミまでの間が長いので観客側もある程度ワードを想像してしまう中でそれを裏切るワードで突っ込むスタイルに新鮮味を覚えた。

特に「板前は板前をどこで見分けているか」という返しに「昨日いたかどうかだろ」と言っていたが、全国でその返しを想像できていた人は一人もいなかっただろうと思う。

低温度で間を取った漫才の弱いところを練りに練った視聴者の裏をかくツッコミで大きなウケに変えていたのは関東芸人が見出した希望の光なのかもしれない。

新ネタも楽しみなコンビだった。


◯インディアンスはネタが刺さらなかった
インディアンスは沢山ネタ番組に出ているので、手の内が明かされていてネタの選定に困っていた状況にあるのかなと思ったが、練りに練って持ち込んだネタがあまり刺さらなかったのかなという印象。
多分決勝におっさん赤ちゃんを持ち込む上でのネタだったのかなと思えるが、どうしても田淵さんのキャラが活きる設定を無理やり持ち込んだように見えてしまった。
「明るい彼女が欲しい」で始めてしまうと「おっさんやないか!」というコテコテなツッコミが多くなってしまうが、最初から「おっさん彼女が欲しい」と言う設定にすることでそのコテコテなツッコミを避けることが出来る。
ただ田淵さんがおっさんを演じるのに対し、キムさんが嫌がるようにツッコミをするのだが、視聴者側に「おっさん彼女の理想像」がそもそも浮かんでこないため何が嫌なのか共感が出来ない部分があり、笑いに繋がらなかったように思う。

その中で上手だなと思うのはきむさんのツッコミで、フリが短い小ボケとフリが長い大ボケの時と温度やトーンを変えているところなどはネタにいい味を出していると感じた。

面白いネタは多いので来年に期待したいコンビ。


◯ぺこぱには順番という笑いの女神がほほ笑んだ。

私も今年のおもしろ荘で見たのが初めてだったが、そこからテレビで見ることもなくなっていた。

否定をしない新しいツッコミで王道の漫才をフリにした漫才なので、一番最後に出てきたことで全9組の漫才がフリになっていて、さらにうっすらとからし蓮根のハンドルの握り方やインディアンスのタクシーのボケもフリになっていたり順番が味方していた。

のちにM-1後のオードリーのラジオで若林さんは「ツッコミは自分の物差しでツッコむため多様性との相性が悪いことに悩んでいたから、あの多様性を許容するツッコミを見てテレビの前で爆笑しながら泣いてしまった」と言っていた。今年5月に改元があり令和へと変わったが令和のスタンダードにもなり得る開発だった。

また、ネタのつくりとしてもまず前半は突っ込まないツッコミをするという仕組みを披露した後、徐々に「知識は水だ。誰のものでもない」という観客の「何言ってるんだコイツ」というツッコミありきの名言ボケや、激しいヘタを表現した動き、「お前よりはうるさい」までの長いフリとオチ、私が準決勝で一番笑った「急に正面が変わったのか?」というアグレッシブなボケに、ある程度視聴者にキャラが伝わってきたところで「キャラ芸人になるしかなかったんだ!」という心情の吐露も飛び出した。

このコンビも全肯定するツッコミだけが目立っているけれど、ネタの構成も笑いの取り方のパターンを何個も盛り込んでいて飽きさせないものになっていたことに注目してもらえると嬉しい。

ぺこぱが和牛を倒した時が、M-1史上で一番興奮した瞬間だった。


最終決戦はぺこぱ、かまいたち、ミルクボーイで行われたが、ミルクボーイのウケを見てミルクボーイの優勝は確信できた。

かまいたちのみが違う仕組みの漫才だったが、それよりも今年はミルクボーイのネタが完ぺきだった。

その中で印象に残ったのは、最終決戦で見せたぺこぱの電車のドアに挟まるという漫画みたいなボケに「漫画みたいなボケっていうけどその漫画って何ですか?!」というこれまでの漫才のステレオタイプみたいなものを打ち破り、さらに「適当なツッコミをするのはやめにしよう」とアンチテーゼめいたものまで言ってのけた。

ニューヨークがM-1 2019を作り、ぺこぱが漫才そのものを壊しにかかった。今年はそんな大事件が起きたM-1だった。

来年はどんな漫才が出てくるのか、今年も始まったばかりだが今から期待している。

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