14オールドファッションド

 これは俺がこのバーの店主になるきっかけになった出来事の話だ。

 まだ俺が大学生の頃、お姫さんと付き合いだして幾ばくかすぎた頃。俺は相変わらずこの場末のバーで店員や他のバイトに良いように使われながら小遣い稼ぎをしていた。
そんなある日、物騒な客がやってきた。いや、客とは呼べないかもしれない。入店早々、そいつらは天井に向けて銃をぶっ放す。客席から悲鳴が上がる。
「うるせえ!!」
発砲した男が叫ぶと店内にいた全員はしんと黙りこくった。
「大人しくしてりゃ命(タマ)までは取らねえよ」
俺は銃を構えた男たちの後ろから悠々と入ってきたボスらしき男を見て驚いた。高級なコートとスーツに身を包んでいるものの、その頭は人のものではない。角はないが黒い炎に四つ目。どう見ても俺の同族だった。ボスの顔を見て一番ビビっていたのはここの店主で、俺の隣で今にもちびりそうな、いやちびったかもしれない情けない顔をして震えていた。
「店主さんよ、金は出来たのかい?」
そのボスはカウンターの、店長の目の前に腰掛ける。
「いや、まだ、まだまとまった金額になってないんだ。もう少し待ってくれ」
「期日はとっくに過ぎただろうよ。いい加減返してもらおう」
ボスは銃口を店長に向け、今にも撃ちそうだったので俺は意見を言うためにゆっくり挙手をする。
「あのー」
ボスがこちらを向く。他のバイトの連中がおいやめろ! と小声で俺を制したが構わず喋る。この頃はまだ鍛えてはいないものの、俺も悪魔だ。銃弾程度で死にはしない。
「出来たら客は逃してもらえるとありがたいんですが」
男は、その言葉を聞くと一瞬間を置いて盛大に笑い出した。よほどツボに入ったのか腹を抱えている。
「オーケーオーケー、客は逃してやろう」
ひとしきり笑うと、部下に指示を出して客を外に出した。
「“同類”の口からそんな真っ当な意見が出てくるとは思わなくてな。お前面白いな」
「はあ、どうも」
やはり向こうも俺が同族だと気付いていたらしい。まあそうだよな、と勝手に納得する。
「名前は?」
彼は店長に銃を突きつけたまま、器用に隣の椅子に移り俺に握手を求めてきた。握り返しながら、名乗る。
「ハドリーです」
「俺はデイヴィット。“残りの名前”は後で教えてやるよ」
俺たちの一族は大概二つ以上のファーストネームを持っている。この話が通じるのは同族だけだ。喋りつつ隣をちらりと見ると、いつも俺をいびっている店主が助けてと言わんばかりに涙をにじませてこっちを見ていた。その顔を見てちょっと愉快になる。デイヴィットは俺とお喋りを続ける。
「なあハドリー。店の売り上げはどうだい?」
「ん? ああ、あんまり良くはないですかね。給料あんまり出ないし」
「ふーん、嘘をついてる訳でもないか」
デイヴィットが店主を見ると彼はその通りだと首をブンブン振る。
「それなら仕方ない。二、三杯タダ飲みして帰るか。おいお前ら、好きなの頼め。そこの腰抜けどもはさっさとおうちへ帰んな」
その言葉を聞くや否や店員やバイトどもは店から転がるように出て行った。そんで二度と店に戻ってくることもなかった。店内には俺と店長だけが残された。
「お前もカクテルは作れるんだろう?」
「いや、それが俺掃除とゴミ出しばっかりでほとんど練習させてもらえないんで、お客さんに出すものはちょっと……」
「なんだって? そりゃ残念。おい店主よ、俺はこいつに酒いれてもらいてえからな。これからよおく教えな」
「分かった、分かったから銃を下ろしてくれ!」
店長は情けない声で鳴いた。俺は普段のでかい態度の店長とのギャップにたまらず吹き出してしまう。デイヴィットも店長の情けない態度を見て、肝っ玉の小せえ男だと呆れた。
 そのあと店長が作ったカクテルをヤクザどもに運んでいると、店に客が入ってくる。クローズドの文字が見えなかったのだろうか? と思ったが、その客はなんとお姫さんだった。
「あらあら、デイヴィットったら。また人の子をいじめたの?」
「心外だシャロン。これは真っ当な借金の取り立てだぞ」
「え、シャロンさんと知り合い……?」
俺は二人が既知だったことに驚き、デイヴィットは俺とお姫さんが既知だったことに驚いた。
「なんだシャロン、ハドリーと知り合いなのか!」
「知り合いというほど浅い仲でもなくってよ?」
「おいおい本当か!? ハドリー、お前隅に置けないな!」
「シャロンさんその思わせぶりな言い方はどうかと」
「あら、はっきり言った方がいいのかしら? 私、の、ハドリー?」
「ヒュウ」
「いやぁその」
デイヴィットの部下や震えながらカクテルを作っている店長そっちのけで俺たちは盛り上がる。
「私の子猫ちゃんはいじめてないでしょうね?」
「子猫?」
「あー、シャロンさんに付けられたあだ名です」
「ブシーキャット。彼にぴったりでしょう?」
「ああ、なるほど。いじめるどころか俺はハドリーが気に入ってな。酒の一つ二ついれて欲しかったんだがまだ見習いらしい」
「あら、作ってあげなかったの?」
「やっぱり作れるんじゃねえか!」
「あれは練習ですから!」
「ちゃんと出来てたわよ。作ってあげたら? ジンバックとピニャ・コラーダと、ウイスキー・ソーダ。あとソルティ・ドッグも作れたわね?」
「よく覚えてますね!?」
「それはだって、猫ちゃんのことだもの」
「おーやおや、お熱いことで」
「茶化さないのよデイヴィット。彼、自己評価が低いから困ってたの。ちょうどいいわ。デイヴィットにひと通り出してみて? この男(ひと)、お酒の味にはうるさいの。デイヴィットが満足するならお客様に出しても問題ないわ」
「お、採点役か? 構わないぞ」
「うへ、緊張するなあ」
「よく言うぜ。銃声で驚きもしなかったくせに」
「いや、銃声には驚いてましたけどね?」
「あれでか?」
端に追いやられた店長を尻目に、俺はデイヴィットとお姫さん二人を相手にカクテルを振る舞う。
「ね? 美味しいでしょう?」
「普通だな」
「舌が肥えてる人の“普通”ね。自信持ちなさい?」
「うーん、どうせならデイヴィットさんにも美味しいって言ってもらいたいですね」
「あら、そうなると難しいわよ」
「さん付けするな。俺のことは呼び捨てにしろ」
「え、いいんですか?」
「構わん。多分そんなに歳も変わらんしな」
「猫ちゃんよりはデイヴィットの方が歳上よ」
「どっちですか」
「二、三十程度なら誤差だろ」
「二十は誤差じゃないでしょ」
「細けえことは気にするなよ。フランクに行こうぜ」
ある程度酒を飲み満足したのかデイヴィットは煙草を取り出す。お姫さんも煙草を出したのでデイヴィットが火をつけてあげていた。いつもならそれ俺の役目なのに、とグラスを洗いながら妬く。煙草をふかしながらデイヴィットは俺に向かって喋る。
「ハドリー、お前うちでカクテル作らねえ?」
「え、デイヴィットのところでですか?」
「おお。さっき失礼して店主の家の中とそのレジの中を覗いたんだがな」
どうやらさっきトイレに立ったついでに家捜しをしたらしい。隙のない男だ。
「その売り上げじゃ全部持ち出しても返済には程遠い。で、俺は担保になってるこの店舗を頂こうと思う」
「え、それは」
職場がなくなったらもちろん困る。なんせバイト代があってギリギリ暮らしているようなもんだ。
「だから俺がお前を個人的に雇おうと思ってな。俺相手にカクテルの練習をするといい。チップは弾むぞ」
確かにさっきからチップはたくさん出してくれるので、それは本当なのだろうが……。
「うーん、ちょっと悩みますね」
「ええ!?」
「え、だって家から遠かったりしないかなとか、色々?」
「ああ、なんだそういう……。通いの心配ならいらんぞ。二ブロック先にでかいビルあるだろ? 俺の拠点はそこだ」
「あそこですか」
俺は当時、この辺りでは頭二つほど飛び出ていた高層ビルの方向を見やる。確かにそんなに遠くはない。
「この一帯は俺の縄張りだからな。さて、店をいただいてそろそろ帰るか。ハドリー、お前いつも給料幾らだ?」
「えーと」
金額を言うとデイヴィットは厚い財布を出し、それに幾らか足して名刺と一緒に俺に寄越す。
「明日からでも来な。待ってるからよ。よおしお前ら、店の酒と金とピアノ全部持っていくぞ!」
部下どもがわらわらと動き出し店長はそいつらの足に泣いてすがるが、適当にあしらわれている。俺が金をポケットに仕舞って目の前の光景をぼんやり見ているとお姫さんが俺の唇を奪う。
「デイヴィットのビルに入ったことはないでしょう? 明日ついて行ってあげるから、今日はうちへ泊まって?」
「ん、デイヴィットのことは関係なしに泊まってほしいんでしょう?」
「あら、バレちゃった」
「酔ったシャロンさんを放置したくないので送ります」
「嬉しい」
俺とお姫さんはどさくさに紛れて店を出て行った。
 つまりこの店は一時期デイヴィットのものだったってことだ。翌日、約束通りデイヴィットのところへ顔を出しスティーヴ爺やに出会い、デイヴィットの得意先のバーでカクテルを覚えた。元々バーテンダーの仕事自体は好きだったが、この頃から俺は本格的に自分の店を持つ夢を持った。その後、デイヴィットから格安でこの店を売ってもらうことになる。
 色々あったし、俺はこの場所に愛着が湧いているんだなと改めて思う。
ここは表通りから少し離れた位置にある、程よく寂れたバー。今日もまた喉か心の渇きを癒しに誰かが足を運ぶ。
「いらっしゃいませ」

fin.

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