03ブシーキャット

「叔父さんと奥さんの馴れ初め聞いていーい?」
「聞くな」
「え~~~」
「えーじゃない」
「えー聞く聞く。聞きたい。ね? アンジェラ」
「う。ええ、うーんと」
「おい巻き込むな。困ってんだろ」
 甥の恋人が転がり込んで来た数日後、なんとなしにした会話だ。甥っ子は俺が大好きだが、そういや馴れ初めは喋ったことがなかった。もうそんな年頃になったんだなァ……。グラスを磨く手を止めないまま、俺は続けた。
「ませたこと聞きやがって。先に親のを聞け」
「うちの両親の馴れ初めもう耳にイカタコクラゲが出来るほど聞いたもん」
「フジツボも生えそうだな、そのうち」
「だって~奥さん。ああ、俺の叔母さんねー。すんごい美人じゃない。どうやって射止めたの?」
甥は掃除のモップをマイクスタンドに見立てて、俺のお姫さんのショーの真似をしながらそんなことを聞く。その叔母にそっくりな顔で聞くのかお前は、鏡を見て来い。と言いたくなるのを溜め息に変え俺は一服する。
「……まだ新米バーテンダーの頃」
俺が語りだすと、二人はおっという顔をして食いついてくる。やめろお揃いでキラキラした顔しやがって。煙草の煙でごまかしつつ、居直る。
「悪魔ってことは伏せて生きて来ていたし、その頃はまだ堅気だった。働いてた店にお姫さんがたまたまショーで巡回に来てな」
お姫さんって奥さんのことね、とレイがアンジェラに補足している。それを、お嬢さんはふんふんと聞いている。
「美人だし、歌は上手いし客は全員見とれていた。店員もだが。俺はその間こき使われすぎてそれどころじゃなくて、ショーなんて見てなかった。ショーが全部終わったあと、お姫さんは他の店員を差し置いて俺をわざわざご指名して来た。……おめーら年頃だから濁すが、ショーのあとミュージシャンが若い奴を呼ぶってのはまぁつまりそういうことなんだよ。俺は疲れててそれどころじゃねえって思ったんだが、まー……誘われることにしたんだ。目が眩んだってやつ」
お嬢さんの顔がちいと赤いが、気付いていない振りをして続ける。
「でもお姫さんは、店の裏にわざわざ俺と一緒に出るとそこで歌って踊り始めた。すげえぞ、人気歌手のショーを独り占めだ。驚いたなんてもんじゃねえな。お姫さんの独占ショーが終わって、俺は拍手しまくった。すげえすげえって。するとお姫さんは俺に近づいてこう言った。”悪魔の血を引いてるのに毒気がなくて可愛いのね。貴方のことブシーキャットって呼ぶわ”ってな。あとあと彼女が悪魔だってのも聞いて驚いたが……こら、ニヤニヤするな。それ以後俺はちょくちょくお姫さんの買い物に付き合うようになった。あとは大体分かるだろ。おしまい」
「えへへ。叔父さんも映画みたいな恋だね~」
「るせぇ」
「……ブシーキャットって……?」
甥は目線で説明を求める。仕方ねえ。
「可愛い猫、って意味のノンアルコールカクテルだ。まだ酒の味も知らない子供ってニュアンスだったんだろう、あの時は」
「でもずっとキャットって呼ばれてるじゃない叔父さん」
「……へ。彼女からしたら俺はずっと子猫ちゃんなんだよ。皆まで言わせるな」
「んふふ。叔父さんの貴重なデレ~」
「ほんとお前はったおすぞ」
いやだーこわい~、と甥はふざけながらカウンターの下に潜る。煙と一緒に甘酸っぱい昔を思い出しながら、俺はあの頃の自分達に重なるお嬢さんの笑顔と甥を眺めた。

fin.

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?