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15人ならざる者の恋

 何でもない日。テレビを見ながらぼうっとポップコーンをつつくだけの日。ボロのソファに二人で並んで座って、流れていく映画とCMを見ている。古い映画だ。白黒の、音もついてないような古い時代の映画。何でそんなもの見てるかって? サムに借りたんだよ。
「……なあ、まだ食わなくていいのか? もうだいぶ……アレだ……幸せ、だと、思うんだけど」
映画が終わって隣で大人しくポップコーンを食べていたアンジェラがぼそっとそんなことを言う。
 彼女が言ったのは、幸せになった彼女の魂を俺が貰い受けると言う約束。なぜ今なのだろう? いや、今だからこそなのかもしれないが。お菓子を食べていた手を止めて彼女の顔を覗き込む。顔が赤い。幸せだと主張するのが恥ずかしかったのだろうか。
 食べなくていいのか? アンジェラは素直じゃない。つまり、もう食べてもいいよ。そう言ったんだ。しかしなぜか嬉しくなかった。俺は考え込む振りをして肘をつき、アンジェラの顔を見つめ続ける。
「なんだよ。あんまり見んな」
確かに君の魂を食らえる日を俺は待っている。楽しみにしている。けれどそれは。
「……今じゃないかな」
「なんだそれ」
俺はにっこりと微笑む。叔母のように柔らかな、人を魅了するあどけない笑顔を作りながら。
「その幸せがアンジェラにとって当たり前になって身に染み付いてからにするよ」
「……もっと先ってことか」
「そうだね。美味しいものは取っておきたいし」
そうやってまた俺は約束を引き延ばす。もういいよ。まぁだだよ。このやり取りを何十年も繰り返して、君がお婆ちゃんになって、しわくちゃになって、たくさんの幸せなものに囲まれながら終わるその日まで俺は待とう。どうせその時にも俺は一つも変わっていない姿で君の枕元に立つんだ。知っているとも。君に置いて逝かれて、君を置いてけぼりにしながら、君の魂を抱いて世界の終わりの日まで待つ。火が消えて、星が息を止めるその時まで。世界に他のものはいらない。いつか一緒に恒星の輪をくぐろう。俺と君にはきっとそれがふさわしい。
「ねえアンジェラ」
「なんだ」
「好きだよ」
そうして、溶け出しそうな赤い頬に口付けた。

fin.

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